第十七章 さよならのない手紙

夜の読書会


「ねえパパ、これ、読んでみてくれる?」


夜の静けさのなか、リビングの小さな照明に照らされて、

紬光が一冊の本を蓮に差し出した。


『家族ってなに?』

小学校の図書館で借りてきたらしい。


「この話の子ね、お母さんとケンカして、家出するの。

でもね、最後にお父さんが昔の話をしてくれるんだって」


蓮はページをめくりながら、そっと微笑んだ。


「……そうか」


その夜、蓮は書斎にこもり、一枚の便せんにペンを走らせた。

それは、彼自身が“さよなら”を言えなかった誰かへの手紙であり、

そして、娘へ手渡す“自分の始まり”だった。



二 「つむひへ」


つむひへ


これを読んでいる君は、きっと少し大人になっているんだろうね。


パパは、昔――とても寂しい子どもだった。

お母さんが突然いなくなって、知らない場所で暮らすことになった。


誰にも頼れない、誰も信じられない。

そんな日々が長く続いたよ。


でもね、ある日、「サッカー」っていう遊びに出会って、

ボールを蹴ってる間だけは、ひとりじゃない気がした。


そのあとも、たくさん傷ついたし、大切な人とも何度も別れた。

だけど、つむひに会えて、ママと家族になれて、

パパはもう“ひとりじゃない”って、やっと思えたんだ。


だからこれから、もしつむひが誰かにさよならを言いたくなったとき、

思い出してほしい。


「さよなら」は終わりじゃない。

本当に大切なものは、心のなかでちゃんと生き続けるんだよ。



三 海翔の決意


その頃、海翔はグラウンドで、タイガと一対一の練習をしていた。


「……本当に、俺でも人に頼られるようになると思う?」


タイガは水筒を放り投げながら笑った。


「誰でもそうなるよ。信じてくれる誰かがいれば、な」


「……蓮さん、昔すごかったんでしょ?サッカー」


「それはな……負けた数のほうが多かったけどな」


「俺、やってみたいです。

高校、スポーツ推薦じゃなくても……受けてみる。

生活支援の人に相談したい」


「おう、やってみろ。サポートする。

……ってことで、まずは“夏までの5キロ減量”な」


「うわ、鬼……!」


それでも海翔は笑っていた。



四 タイガの旅立ち


夏のはじめ、タイガは蓮のもとへ一枚の紙を持ってきた。


「就職、決まりました」


「おお、やったな!」


「小さいけど、少年サッカーチームの運営会社っす。

現場で子どもたち見ながら、いつか自分でもチーム持ちたいって」


蓮は手を伸ばし、タイガの肩を叩いた。


「タイガ。……お前は、俺ができなかったことをやる男だ。

自分を信じろ。大丈夫だ」


「……蓮さん、昔と変わんねえな。言葉は不器用なのに、ちゃんと伝わる」


「そりゃ、昔から“気合い”だけはあるからな」


ふたりは笑った。



五 風の音を聞きながら


数日後、蓮は紬光に一通の手紙を渡した。


「パパが、昔の話を書いた手紙だよ。

いつか読んでくれればいい。すぐじゃなくていいから」


紬光はそれを両手で大切に受け取った。


「……わかった。ありがとう。

パパも、むかし子どもだったんだね」


「そうだよ。今も、ちょっと子どもだけどな」


夕暮れの窓の外で、風が葉を揺らしていた。


その風に乗って、きっと彼の過去も、そして未来も、

確かに誰かに届いていく。

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