第十六章 未来のドアを開けるのは、君だ
はじまりの扉
雨が降っていた。
春の終わりを告げるような、しとしとと静かな雨だった。
蓮がデスクに座っていると、支援施設「ユースリンク」のインターホンが鳴った。
ドアの前には、びしょ濡れになった少年が立っていた。
傘もささず、Tシャツの袖をぎゅっと握りしめたまま。
「……俺、ここに入りたいんです。
でも……条件、ありますか」
声はかすれていたが、目は真っすぐだった。
「名前は?」
「広瀬 海翔(ひろせ かいと)っていいます。中学三年です」
蓮は静かにうなずいた。
「ようこそ。濡れた服、まず着替えよう」
⸻
二 海翔の過去
数日後、蓮は彼の話を聞いた。
家庭内暴力。学校での孤立。
そして、母親の失踪。
「誰にも信じられる人がいなくて……でも、
ネットで“ユースリンク”のことを見つけたんです。
“昔、不良少年が立ち上げた居場所”って」
蓮は苦笑した。
「誰がそんなこと書いたんだ」
「でも、希望って感じたんです。
そんな人が、大人になって誰かの味方をしてる。
……俺にも、そんな大人になれますか?」
その一言に、蓮は深く息を吸った。
⸻
三 語るべき“自分のこと”
「俺もさ、母親がいなくなったことがある。
施設にもいた。サッカーをして、また裏切られて、また戻って……
信じるってことが、いちばん怖かった」
海翔はじっと蓮の言葉に耳を傾ける。
「でも、ある日、こう思ったんだ。
“信じるってのは、誰かを許すってことじゃなくて、
自分の心に居場所をあげることなんじゃないか”って」
「居場所……」
「そう。誰かに支えてもらうことも、
誰かを支えてやろうって思うことも、
全部“生きてる証”なんだよ」
その夜、海翔はぽつりとつぶやいた。
「……もう一度、サッカーしてみようかな。小学生ぶりだけど」
蓮は微笑んだ。
「よし。じゃあ、俺が最初のパス、出してやる」
⸻
四 継がれていく光
ある日の夕暮れ。
タイガが施設にやってきた。
蓮は彼に、ある提案をする。
「海翔のこと、見てやってくれないか。
お前なら、同じ景色を知ってる。
あいつの夢がまだ、どこにあるか分からない今だからこそ、必要なんだ」
タイガはうなずき、グラウンドで海翔に声をかけた。
「なあ、海翔。サッカーって、人生に似てるぞ。
一人で全部やろうとすると、すぐ潰れる。
でも、仲間を信じてボール回すと、意外とゴールできる」
海翔は、ぎこちなく笑った。
⸻
五 帰り道
蓮は帰宅後、美月に言った。
「なあ……もう、俺の物語は、次の人に渡してもいいのかもな」
美月はコーヒーを差し出しながら微笑んだ。
「それでも、あなたの背中は、ずっと誰かの地図よ」
バルコニーに出ると、紬光が星を数えていた。
「ねえ、パパ。
星って、遠くても、ちゃんと見えるのすごいね」
蓮は娘の髪をなでながらつぶやいた。
「それはたぶん……希望と同じなんだよ。
遠くても、ちゃんと見える」
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