第十五章 いつか君が、この場所を去る日
旅立ちの声
春。
紬光(つむひ)が保育園を卒園する日。
式が始まる直前、美月は手帳の端に、ふと書き留めていた言葉を読み返した。
「この子が歩いていく道を、
私たちはずっと隣で見守りたい」
スーツ姿の蓮は、カメラを首にかけ、いつもより緊張した顔で席につく。
壇上に立った紬光が、みんなの前でひと言を言った。
「わたしのパパとママは、いつもわらってくれます。
だから、わたしも、つよくなります!」
蓮はその瞬間、こらえきれずに目頭を押さえた。
ああ、自分は今、ちゃんと親になれているのかもしれない――。
⸻
二 タイガの進路
高校2年になったタイガは、プロを目指すか、大学に進むかで迷っていた。
ある夜、蓮と二人で缶コーヒーを飲みながら、グラウンド脇で話す。
「俺さ、プロになりたいって思ったけど……
実は、それより、施設の子どもたちにサッカー教えたいんだ」
蓮は驚き、そしてゆっくりと頷いた。
「それは……俺が聞いた中で、一番タイガらしい夢だよ」
「蓮に言われると、なんか自信になるわ」
タイガは笑って、グラウンドを見た。
「サッカーって、人をつなぐ力があるって気づいたんだ。
俺も、誰かの“最初のパス”になれたらって、思ってる」
その言葉に、蓮は胸の奥で小さな誇りが芽生えるのを感じていた。
⸻
三 別れの準備、継ぐ手
蓮と美月は、長年住んできた団地を離れ、一軒家を購入することを決めた。
職場での昇進もあり、支援施設「ユースリンク」も次のステージへ進もうとしていた。
施設の新しい世代が増え、若いスタッフが育っていく中、
蓮は少しずつ“現場の一線”から身を引く準備を始めていた。
「いつか、この場所を誰かに任せる時が来る。
でも、俺たちが作った“想い”だけは、絶対に残したい」
そう語る蓮に、美月は言う。
「大丈夫。あなたの光は、もう、たくさんの人に届いてる」
⸻
四 紬光のひとこと
新居に引っ越した夜、紬光が言った。
「このおうち、ひろいね。
でも、パパとママと、タイガにいがいたら、それでいいや」
蓮は思わず笑って、紬光の髪を撫でた。
「大きくなっても、そう言ってくれるとうれしいな」
「でも、わたし、アイドルになりたいの」
そう続けた紬光に、蓮も美月も目を丸くする。
「……夢は、自由だな」
⸻
五 そして、明日へ
夕暮れのバルコニー。
蓮は一人、缶ビールを片手に空を見上げた。
いつか、子どもたちはこの家を出ていくだろう。
でも、そのとき俺たち夫婦が笑って“いってらっしゃい”って言えるなら、
それはもう、立派な成功だ
「なあ、美月。俺たち、けっこうやれてるよな」
「まだ途中。だって、人生って、何度も“はじまり”があるから」
二人は笑い合い、そっと手をつないだ。
その手は、あの頃の“孤独な少年”の手とは、もう違っていた。
光の中にある、確かな温もりだった。
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