第十二章 光を継ぐ人
一 誕生の朝
春が終わり、初夏の風が街を吹き抜けたある朝。
病院の分娩室の外、蓮は祈るように手を組んで座っていた。
「蓮さん、生まれましたよ!元気な女の子です!」
看護師の声と同時に、胸の奥で何かが弾けた。
立ち上がり、揺れる足取りでドアを開けると――
美月が、汗をにじませながら、愛おしそうに小さな命を抱いていた。
「蓮……この子、あなたにそっくり」
赤ん坊は静かに眠っていた。
けれど、その小さな体からは、まるで命そのものが光となってあふれているようだった。
蓮はそっとその子の手に触れた。
「ようこそ、世界へ。
君のすべてを守り抜くよ、俺は」
それは、かつて“守ってもらえなかった少年”が、
“誰かを守る大人”になる瞬間だった。
⸻
二 タイガの決意
その夜、タイガは病院のロビーで妹と対面した。
ぎこちない手つきで赤ん坊を見つめながら、ぽつりと呟く。
「……俺にも、家族って言っていいの?」
蓮は、そっと彼の肩を抱いた。
「タイガ。お前は、もう家族だよ。
あの日からずっと、俺の大事な弟であり、……もう、半分“息子”みたいなもんだろ」
タイガの瞳が、初めて子どものように潤んだ。
「俺さ、来年受験する。スポーツ推薦で、サッカー部の強い高校。
蓮コーチがくれた“場所”を、今度は俺が作る側になりたいんだ」
蓮は言った。
「タイガ、お前なら絶対できる。お前がいれば、きっと誰かの居場所になるよ」
少年と大人――
かつて似た傷を背負っていた二人が、
今、未来へと歩き出していた。
⸻
三 母の面影
そんなある日、蓮のもとに届いた一通の手紙。
差出人は、“母”。
「あなたに会いたい。
私が最後に見たあなたの顔は、小さな少年だった。
でも今は、もう“誰かの父親”なんだって聞いて、
どうしても、あなたの目を見て、謝りたくなったの。」
蓮は、手紙を読み終えてもしばらく動けなかった。
自分が父親になった今、初めて理解できる想いがある。
どうして、母はあのとき壊れてしまったのか。
どうして、自分を捨てることしかできなかったのか。
蓮はふと、自分の娘を見た。
この小さな命を守るには、どれだけの覚悟がいるのか。
それを知った今、ようやく母の苦しみを“理解”ではなく、“想像”できるようになっていた。
⸻
四 向き合うということ
後日。面会室の窓の外、母は少し老いた顔を伏せていた。
蓮は席に着くと、迷わず言った。
「俺、子どもが生まれたよ。女の子。……可愛いんだ」
母は、静かに頷いた。
「あなたの顔に……あの頃の、優しい父親の面影を見た。
ごめんね、ずっと“許される資格なんてない”と思ってた。
でも、あなたの手紙を見て、少しだけ、救われた気がしたの」
蓮は静かに言った。
「俺も、まだ全部許せたわけじゃない。
でも、もう“あなたを憎むだけの自分”には戻りたくないんだ」
二人の間に、長い沈黙が流れた。
でもその沈黙は、かつての“絶縁”とは違っていた。
それは、過去と向き合う人間にしか持ちえない、
“深い呼吸”のような時間だった。
⸻
五 受け継がれる光
家に戻ると、赤ん坊が笑っていた。
タイガが笑いながら、彼女の小さな指に自分の指を絡めている。
「ほら、握ってる!すげぇ…!」
蓮は静かに美月に囁く。
「この子にとって、俺たちが“世界のすべて”なんだな」
「そうだね。
でもきっと、あなたが誰かに言ったように、
“守りたい”って思わせてくれる存在になってくれるよ」
蓮は頷いた。
光は、誰かを照らすことで、自分の中にも生まれる。
過去は消えない。けれど、受け止めて、超えていける。
そして彼は、今――
「光を継ぐ人」になっていた。
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