二人の恵

黒川未々

二人の恵

 俺には従姉いとこが二人いる。年子の姉妹で、姉の名前が恵里えり、妹が咲恵さきえ。二人は全く似ていない。もちろん、俺とも似ていない。

 恵里は垢抜けた美人。四月から大学二年生。女子大に通っている。けっこうサバサバしているけど、優しいし、気遣いも出来て、昔から友達に不自由していない。俺は昔から恵里推しだ。小さい頃、よく恵里の後ろに引っ付いていた。

 妹の咲恵は、卒業を控えた高校三年生。ブスってほどでもないけど、美人とは言えない。地味で暗くて、鈍臭くて、天然ぶっていて、いつも家の中にいる。ちなみに咲恵も恵里推し。平たく言えば、シスコンだ。


 この姉妹は二人とも彼氏持ちだ。恵里はわかるよ。でも、咲恵はなんで?

 ――告白されたから。

 前に聞いたら、咲恵はそう答えた。

 おまけに咲恵の彼氏、めちゃくちゃイケメン。ギターも弾ける。恵里も行くっていうから、咲恵の彼氏のライブに行った。対バン形式のいかにも趣味でやっていますっていう、ライブ。でも、そいつのギターの腕前はなかなからしい。まぁすぐに別れるだろう……そう思っていたのに、まだ付き合っている。卒業して、別々の大学に行っても、まだ付き合うつもりらしい。ふーん……好きにすれば。

 そういえば、恵里の彼氏には会わせてもらったことがない。まぁ、別に紹介してもらう義理も、会ってやる義理もないけどさ。

 ちなみに俺は今、高校二年生。咲恵とは別の公立高校に通っている。彼女なし。たぶん、俺の理想が高すぎるんだと思う。自分で言ってしまうけど、学年では背が高い方だし、そこまで馬鹿でもないし、顔も悪くないと思う。オタクでもない。


 不思議なことは続く。バレンタインデーも迫っているというのに、今年も同級生からチョコを貰える気配がない。中学生の時はもらっていた。何か部活でもやっていれば、後輩からもらうとか、そんな手が使えたかもしれない。


 来年、俺は咲恵と同じ大学に行くつもりだ。咲恵で入学出来たなら、俺でも入れると思う。そうすれば、恵里と接点を持ったままでいられる。咲恵には人柱になってもらって、俺が入学する時に、俺はその失敗を踏まえて生活すればいい。二人で同じ授業を受ければ、俺が休みたい時とかも、何かと使えるだろう。司書課程だっけ? サボらないように、俺も申し込んでやるか。暇だしな。サークルはさすがに別々だろうな。文芸サークルなんて、どうせオタクの集まりだし、俺には似合わない。他にやりたいことも無いんだけどさ。

 もし、俺に彼女ができたら、そのとき咲恵はどうなるのだろう。高校の時みたいに、彼氏には頼れない。そうなったら、俺以外に頼れる人間、いるのかな? 高校では全然友達いないみたいだし、俺が入るまでの一年間、ひとりでやっていけるのか? まぁ、人柱なんて言ったけど、そんなに期待はしていない。困ったときくらい助けてやる。


 思い出したみたいにドカ雪が降った二月の朝、俺と恵里と咲恵は三人で、老人ホームを訪ねていた。俺らのばあちゃんの誕生日を祝うためだ。大人たちは「孫が行ったほうが嬉しいから」と、俺達だけで行かせた。


「そのジャージいいなぁ。どこで買ったの?」


 施設のしんとした廊下でコートを脱いだとき、咲恵は聞いてきた。俺はトラックジャケットに、太めのデニムを合わせて着ていた。


「これ、古着。ってか、この前、買ったスウェットは? 最近、着てなくね?」

「彼氏にあげた」

「は? お前に付き合って探すの、どんだけ大変だったと思ってんだよ」

「私より、彼氏のほうが似合うから。それ着てると友達にも褒められるんだって。凌馬りょうまの趣味の良さが改めて証明されたね」

「何だと……?」


 恵里の苦笑いが会話を中断した。


「二人とも、もう少し声、おとして」


 代わりに咲恵は、彼氏からシャツをもらったらしい。服の交換か。想像しただけで悪寒がした。

 ちなみに、恵里は水色のニットにグレーのタイトスカートを合わせて着ていた。今日も可愛い。

 咲恵はよくわからないキャラクターが描かれた白いロンTにストレートデニム。いつもの格好だ。そういえば、ライブの日は珍しくレースのミニスカートなんて履いていた。


 ばあちゃんの部屋に行くと、すでにケーキもジュースもあった。いったい何回買い物に行ったのかというくらいお菓子がパンパンに入ったビニール袋が四つある。これ全部、帰りに持つ羽目になるのか?


「こんなに買わなくても、ケーキとか私らで用意するのに。おばあちゃんの誕生日なんだから」


 咲恵は申し訳なさそうに、そう言った。

 恵里は手際よくテーブルの上を整えている。

 言ったって聞くかよ。ばあちゃんの好きにさせておけ。最近は俺らのこともどれだけわかっているのやら。

 テーブルの上には、ケーキと、煎餅と、唐揚げと、ミニトマトとみかん。ばあちゃんが覚束ない手でそれを一つ一つ紙皿に盛り直す。唐揚げや煎餅は高さが出るように。そういうこだわりがあるらしく、目つきが変わる。たしかに、ちょっと手を加えただけで、様になる気がする。

 昔は運動会とかあるたびに揚げてくれた唐揚げ。今日は買ってきたものだ。

 ばあちゃんは、料理が得意だった。小学生の頃は夏休みと冬休みに三人でばあちゃんの家に泊まった。エビフライ、カレー、雑煮も好きだった。なぜだか俺らが帰る日はいつも寿司を頼むんだ。

 準備ができたところで、施設のスタッフさんにお願いして、四人で写真を撮ってもらった。

 それから、料理を食べながら、テレビを観て、おしゃべりをした。特に実のある会話はないが、咲恵はこういうとき、無意味に「いぇーい」とか言ってはしゃぐ。歌とか歌い出す。沈黙が苦手なのだろう。それを見て恵里が笑ったり、一緒に歌う。「咲恵はいつまで経っても子どもみたい。お姉ちゃんをご覧?」とばあちゃんは呆れつつも嬉しそうだ。


「私、ミニトマトだーいすき!」

「やっぱり! 咲恵が食べると思って買ったのさ。いっぱい食べな」

「え、ありがとー」

「凌馬も! もう少し食べな」

「食べてる、食べてる」


 二時間ほど滞在して、帰り際にやっぱり大きな買い物袋を、一人一つ持たされる。俺に関しては二つ。お菓子しか入っていないから軽いけど、持って歩くと、結構かさばる。

 ばあちゃんは、俺ら一人一人に小遣いもくれた。封筒を用意するのを忘れたからと、わざわざティッシュに包もうとしていた。


「いいよ、そのままで! ありがと! ばあちゃん、なんかあったら連絡しろよな」


 そう言って、部屋のドアの前で別れる。通りがかりの入居者に「素敵なお孫さんねぇ、三人もいるの?」なんて言われる。


 老人ホームからの帰り道、姉妹とは「じゃ、ここで」とあっさりバスターミナルで別れた。俺はここからバス、姉妹は地下鉄で帰る。

 え? 去年は二人とも、くれたよな?


「あ、お姉ちゃん」


 地下鉄の入口の前で、咲恵が、恵里を引き留める。俺は念の為、足を止めた。そうだ。早くしろ。バスが来ちゃうかもしれないだろう。


「うん? ホームに忘れ物した?」

「え……? 昨日買ったのは?」

「違う違う、あれは別件……ごめん、凌馬。咲恵の勘違い。気を付けて帰ってねー」


 わざわざ引き留めておいて、なんだよそれ。


 俺はバス乗り場に向かった。付き合いきれない。よく考えたら、どうして俺が、あの姉妹から、チョコレートを恵んで貰おうとしているんだ? 恵里から貰えないのは仕方ないけど、咲恵が渡さないのは違うと思う。理由もなく腹が立った。

 理不尽。だって、そうだろう? 理由なんて、あってたまるか。

 バスに乗り込む。俺は両手にばあちゃんから持たされた買い物袋を持っていたから、一つを自分の膝に、もう一つは自分の隣の席に置いた。これでようやく、ケータイを出せる。

 朝の十時に集まったから、日はまだ高いところにある。まさか、昼のうちに予定が終わるとは思わなかった。さっき散々食べたのに、今はハンバーガーが食べたかった。でも、二つの買い物袋がやっぱり邪魔で、諦めて家に帰るしかない。

 朝に降ったドカ雪は、まだ除雪しきれていないらしい。狭くなった道路で、バスはいつまでもカチカチと、音を鳴らしながら、ウィンカーを出していた。


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二人の恵 黒川未々 @kurokawaP31

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