メロディの挑発と大人なアードルフ

「なんだか賑やかだから出て来ちゃった。そちらは音楽院の先生でママの友達の方?」


メロディの視線がアードルフに向けられる。


「初めまして。アードルフ・ビャルネだよ。そう、これから君の指導に携わるよ。そこの馬車の中にいるコンラート・デッロレフィチェ先生もそうだ。君は……ママにとても似ているね」

「そうですか?私、見た目はママ似かもしれないですけれど、中身はパパ譲りって言われているんです」


なんだか挑戦的なメロディの様子にルイーズは慌てた。


「メロディ、これから指導して頂く先生に失礼な物言いをしてはいけないわ。……ごめんなさい。この子は自分に自信がある分、ちょっと生意気なの」

「ちょっと、かな?」


アードルフが言うと、メロディがムキになる。


「あ、生意気だと思ったんですか?私は事実を述べただけです!」

「こらっ、メロディったら!」


口を尖がらせているメロディの腕を掴んで引き寄せた。


「はは、冗談だよ。中身はとーっても、お父さんに似ている。ズバリというところなんかソックリだ。それは音楽をやるうえでも、大切になるよ。これから宜しくね」


アードルフが大人な対応をしてくれたおかげでスマートにその場は収まった。馬車の中からやりとりを見ていたフローレンスたちはニヤニヤして見ていた気がする。


きっと彼らもメロディの気質がレウルス譲りだと感じたのだろう。


「じゃあ」


そう言うと、馬車は去って行った。


「もう、どうしてあんな言い方をしたの?あなたの先生になる人よ」

「別に、あの人だけが先生じゃないし。ああいう調子がいい人って信用できない」

「まあ……なんてことを言うの?」


メロディの強い言葉にビックリした。


そのままプリプリした様子の彼女は屋敷に入って行く。


その背中を見送っていたルイーズは、小さくため息をついた。


(パパがいないから不安定になっているのかしら……)


娘の第六感による危機感とは全く違う、心配をするルイーズであった。


……それから、フローレンスやコンラートを交えながら、アードルフとお茶を何度かした。


アードルフは、あの晩のような悲痛な面持ちは見せない。だが、彼の元気に振る舞っている姿を見ていると、彼の繊細さを知る者としては胸が締め付けらえるような気持ちになる。


テーブルの端にあった便箋に手を伸ばしかけて、ルイーズはすぐに手を引っ込めた。


(ただの友人である私がヴィヴィアーヌさんに手紙を送るなんておかしいわよね)


ただでさえ、ルイーズがアードルフの元恋人だというのはヴィヴィアーヌも知っている事実である。


どうしたらいいのだろう、と考えていた。フローレンスたちは、見守るしかないと言う。


(そうよね。人の家庭のことは本人たちでどうにかするしかないのよね……)


それにしても、アードルフはどうしてヴィヴィアーヌと彼女の元恋人との手紙のやりとりを許可していたのだろうか。


アードルフから自分の元へ届いた手紙は、レウルスにも当てたものでもあったので、特別なものではない。


(今度、アードルフに聞けたら尋ねてみよう)


そんな折、用事があって休日の街に出た。メロディは大量の楽譜の譜読みがあるため、今日も屋敷で缶詰になっている。


「こんなお天気がいい日に、練習で部屋にこもりきりだなんて可哀そうだわ」


いくら娘が天才だと言われていても、遊びたい年頃だ。誰もが得られるチャンスではないけれど、失われているものもあるのだと思うとフクザツな気持ちになる。


(美味しいケーキを買って行ってあげましょう)


ルイーズは用事を済ませると、人気のスイーツ店に向かった。


「おや?ルイーズじゃないか!」


偶然にもアードルフにバッタリ遭遇した。彼の手には人気のケーキの箱が握られている。


「アードルフもこのスイーツ店に?」


スイーツ店の方を見ると、“完売”の文字が扉に掲げられていた。


「完売!?せっかく立ち寄ったのに……」


ガッカリして言うと、アードルフが口を開いた。


「もしかして、人気のケーキを買いに来た?」


ケーキの箱を持ち上げながら尋ねる。


「ええ、そうよ。あなたは買えたのね」

「たまたま運良くね。良かったら、譲ろうか?」

「えっ!?……いえ、いいわ。悪いもの」


遠慮すると、アードルフがニッコリする。


「きっと、君がガッカリしたのはメロディ君のために買おうとしていたからじゃない?だったら、余計に君に譲りたいね。彼女は僕の大切な生徒でもあるから」


アードルフがケーキの箱をルイーズに渡す。


「いただくわけにはいかないわ」

「そんなに遠慮する仲ではないだろう? その代わりと言ってはなんだけど、そこで少し話さないかい?少し、僕の話に付き合って」


近くにある喫茶店に誘われた。


(ここのケーキはメロディの好物……。少し話をするだけなら、許されるわよね?)


正直、別にやましい気持ちは一切ない。……ほんの少しの懐かしさを、否定しきれないだけで。


「ええ、いいわ」

「じゃあ、このケーキは預けておこうね」


アードルフは喫茶店のマスターに冷やしておくように頼むと、“さあ、なにを頼む?”とニッコリと微笑んだのだった。

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