デニス再登場

アードルフの妙な様子はそれからも続いた。


一番の変化は、いつもなら放課後の練習で顔を合わせるなりスキンシップをとってくるのに、それが減ったことだ。


くっついてほしいわけじゃないが、あれほど自分に触れようとしていた人がどこか上の空で控えめになった気がする。


(まるで、恋人のフリをしていた時みたい)


本当の恋人になると答えてから、彼のアグレッシブなスキンシップに困っていたのに、スキンシップが減ると変な感じがしてしまう。


(アードルフはどうしたのかしら……)


特に3年生が大変な授業が増えるといったことも無さそうである。卒業試験はかなり大変だと聞いているがそれはまだ先だ。


「アードルフは進路のことで悩んでいるのかしら?」

「アードルフ兄が進路で悩んでいるかって?」


フローレンスが話しかけてきた。放課後の練習室にいた。独り言が聞こえたらしい。


「アードルフ兄はこの前のコンクールでは悔しい結果になったからね。万全を期して次のコンクールに向けて準備中だよ」

「そのはずなのだけど、彼、ここのところ練習に参加する時間が減っていない?」


練習に参加しても“用事があるから”と、先に練習室を去ることが増えている。


「......3年生は卒業試験が大変だし、そんなもんじゃない?」

「そういうもの?まだ先なのに?」

「どんな課題を出されても大丈夫なように、今から準備しているんだよ」

「そう........」


来年は自分も卒業試験があるのだと思うと、気を引き締めなくてはと思う。


ひとしきり課題の練習をすると、コンラートがフローレンスを迎えに来て彼らは帰った。


(私、一人になってしまったわね。今日はレウルスもいないし、私もここまでにして帰ろうかな)


レウルスは、後援者であるイザベラ伯爵夫人の元に定期的に打ち合わせに行かねばならない。レウルスもアードルフも忙しそうでちょっと寂しくなった。


バイオリンをケースに片付けると馬車寄せの方へと向かう。本日は遅くならないと伝えていたから、馬車も早めに迎えに来てくれている。


「お嬢様!」


野太い声がしたと思ったら、護衛騎士を務めるデニスであった。彼は以前、イザベラ伯爵夫人が何者なのかを調査してくれた頼もしい騎士だ。


「なんだか、こうして話すのは久しぶりな気がするわね」

「はい!いつもお嬢様はご学友と一緒ですからね。特に、アードルフ様はいつもお嬢様にピッタリだからこちらが話しかけるヒマなんてありゃしません」

「ふふ」


デニスは変にかしこまらず、ひょうひょうとしたちょっと調子のよい人物である。しばらくぶりに話すと楽しい。


「それにしても、アードルフ様はここのところ、一緒ではないんですね」

「ええ、なんだか忙しいみたい」

「卒業の学年となると忙しいんですかねえ」


そんな話をしつつ馬車に乗せてもらうと、ルイーズは今話したばかりの内容でアレ?と、思った。


(コンラートだって同じ3年生なのに、彼はフローレンスを迎えに来ていたわ。3年生でも人によって忙しさは違うの?)


ちょっとモヤモヤする。


馬車は王都内の華やかな通りに差し掛かっていた。寄り道でもしようかなあと考えていると、急に馬車が停止した。


「どうしたの?」


御者席とのしきり窓を開けて御者席の方に話しかけると、すぐにデニスが答えた。


「お嬢様、アードルフ様を見かけまして……とある飲食店に入って行かれたのですが」

「飲食店?」


まわりを見渡すと、ここはディーターの兄が勤める店の近くであった。


「アードルフが入って行った飲食店ってあれのこと?」


ルイーズが例の店を指さすと、デニスがうなずく。


「……どうします?調査して参りましょうか??アードルフ様のような方が一人であのような店に行くのは違和感があります」

「そうね」


大事な練習を取りやめてまで飲食店に行く用事とはなんなのか、とても気になる。音楽関連の打ち合わせがあったとしてもあんな騒がしい店には行かないはずだ。


例の店からはソーセージの焼ける香ばしい香りがしてきていて、デニスがよだれを垂らしそうな顔をしていた。


(デニスにご褒美がてら、アードルフのことを調べてもらおうかしら.......)


以前はお金を自ら持ち歩いてはいなかったが、最近はお金を持ち歩くようになっていた。お財布からお金を出すと、デニスに渡す。


「アードルフの様子を見てきてちょうだい。もしも、酔いつぶれているようなことがあれば送り届けてね」

「かしこまりました!」


デニスはサッと店の方へと去って行く。彼は、美味しいものも食べられるとあって、なんだか嬉しそうだった。


ルイーズはデニスに調査を託すと、そのまま屋敷へと戻った。


屋敷に戻ってさらに練習をしていたところ、デニスが戻って来た。


「お嬢様、デニスが報告したいとのことです」

「通して」


通されたデニスは、さっきと違ってなんだか難しい顔をしていたのだった。

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