『銀月ノクターン:眠り姫の記録』
S・N studio
第1話 星々の終焉と、記録者の眠り
銀の髪が無重力の中に広がる。
宙を漂う少女の姿は、まるで宇宙に浮かぶ一輪の花のようだった。
だがその少女は、花などではない。
彼女はかつて“記録者(アーカイヴ)”と呼ばれた存在。
滅びゆく星々を見届け、記録し、保存するために生み出された、人類最後の観測者。
彼女の名は――リュシア・ノクス。
「……再計算を。セレス・システム、最終予測再確認」
リュシアの声は冷静で、どこか物憂げでもあった。
その声に反応して、彼女の周囲に情報パネルが幾重にも展開される。
セレノ・ステーション。
月面に設置されたこの観測施設は、かつて銀河連邦文明アーク・セレスの叡智を結集した、恒星間監視・記録拠点であった。
だが今は、彼女一人を残して、すべてが静かに朽ちようとしている。
かつて、星々は語り合っていた。
AIと人類が共生し、電脳と現実の境界が曖昧となった社会。
誰もが生まれた瞬間から遺伝子で制御され、ナノマシンによって身体は再構築され、死すら“技術的な選択肢”になっていた。
リュシアもまた、その中で“記録者”として造られた存在――
生殖可能な生体個体としての機能を持ちながらも、実質的には完璧な観測装置だった。
数百年のあいだ、彼女はあらゆる星々を巡り、戦争の記録、芸術の記録、愛と憎しみの記録を保存し続けてきた。
しかし、すべてが終わった。
アーク・セレスは、電脳暴走――通称「ノイズ・カスケード」によって崩壊した。
仮想空間と現実の境界が消滅し、膨大な感情と意思が電脳に流れ込んだ結果、ナノマシン群は暴走。
人々の肉体は溶け、融合し、都市は情報そのものの奔流に呑まれていった。
それは、“人類の魂”が自壊した瞬間だった。
「生存者の信号、現在も……ゼロ」
リュシアはただ、沈黙の中に在った。
最終防衛衛星群は沈黙し、宇宙港は崩落し、地球すらナノマスの海に沈んでいる。
希望など、もはや残っていなかった。
「これより、最終フェーズに移行します。眠りにつく準備を……」
ステーションのAIが、静かに指示を送る。
だがリュシアは、それにすぐには従わなかった。
「……いいの?」
小さく、誰に向けたでもない問い。
それは人間らしい“迷い”だった。
彼女には、命令だけを処理する機械とは違う、心に近い演算子が搭載されていた。
それでも――
彼女は首を振った。
「……記録は、続けなければ」
やがて、リュシアは白銀のコフィン(人工睡眠装置)へと身体を預ける。
セレノ・ステーションの中央核。かつては何百もの観測者が眠っていた、最深部の一角。
眠る理由は、ひとつ。
再び生命が芽吹く時代に備えるため。
あるいは、いつか誰かがこの記録を“読む”時が来ると信じて。
「――おやすみなさい、リュシア。記録は、託されました」
セレノ・ステーションのAIが、最後の音声ログを送る。
そして、その声さえも、徐々に沈黙の中へと消えていった。
真空の宇宙に、ただ銀の月だけが静かに輝いていた。
そして――
五千年の時が流れる。
次話:
「銀の月、目覚めの地」
魔力反応の観測。
地上での異常事態。
そして、リュシアは再び目を覚ます――。
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