大阪ダンジョン ~なにわ男は従魔士として生きる~

下町ケバブ

プロローグ


 いつも通り、他の探索者達がまだゆっくり寝ている時間に家を出た俺、“渋谷しぶたに トキオ”は、身体の調子が良過ぎて「絶好のダンジョン日和や!」と、心が踊っているところだった。


 だが、そんな最高な気分を台無しにする一報が、ダンジョンへ潜る寸前で届いた。





「ほんまにおるやん。っていうか、“ミノタウロス”……!?」


 Cクラスやんけ、どうなってんねん……めちゃくちゃデカいし。

 ってか、目撃情報くれた人は無事なんか?


 ギルドから指示された現場へ来てみたが、物陰から確認してみると、報告通りモンスターは本当にいた。

 だが、Cクラスの“ミノタウロス”は完全に自分より格上。正直勝てるかどうかはわからない。


「まぁ、そんな事言ってる場合とちゃうわな……。ブルース、サリー、ルド」


 そんな格上への不安を噛み殺して、俺は従魔を次々と召喚していく。


「お前ら、今回の敵は格上や。厳しい戦いになるやろうから、気引き締めていけよ」

「ギガァ」


 声を出せる従魔がブルースしかいないので、返ってきた返事は一つだけだが、他の二体も俺が言っている事は理解出来たようだ。


「ルド、今回はお前が鍵や。何とか耐え切ってくれ。 サリーは、ルドを中心に回復よろしくな」


 二体共、頷く事で了承の意を伝えてくる。


「ブルース、お前は俺と一緒にアイツをタコ殴りにする。いけるよな?」

「ギガァ!」

「よし。ほんなら行こか」


 戦い方が決まったところで、ルドを先頭にしてミノタウロスへ近づいて行く。

 向こうはまだこちらに気付いていない。


 ある程度の距離まで近付いたところで、俺は合図を出し、一斉に駆け出した。


 こちらに気付いた敵が、手に持った金棒を振り上げようとした瞬間——


「効かんと思うけど……威嚇!」

「スゥゥ……ガァァァアアア!!!」


 ブルースの“威嚇”スキルによる咆哮が、辺りに轟いた。

 しかし、無情にも金棒は、止まる事無く真っ直ぐ振り下ろされる。


「ルド!」


 ゴガンッ!!


 盾を構え前へ飛び出したルドが、凄い勢いで迫ってきた金棒をしっかり受け止める。いや、衝撃が突き抜けて、少しHPを削られたかもしれない。


 俺とブルースは、ルドの脇を抜けてミノタウロスの巨体に攻撃を仕掛ける。


「おらァッ!」

「ンガァア!!」


 俺は長剣で右脇下の筋肉を断ち切り、ブルースは金属バットの様な鋼鉄の棒を、頭へ思いっきりフルスイングした。


 …………効いてる。コイツは特別耐久力が高い様なタイプじゃ無さそうや。


「畳み掛けろ!」


 攻撃が効くんなら、問題無し。

 潰れるまで斬り続けたらァ!


 俺とブルースの連続攻撃に加え、後方からサリーが放つ光の矢が飛んできて、敵の体を傷付けていく。


 しかし、敵が鬱陶しそうに腕を振るっただけで、俺とブルースは勢いよく吹き飛ばされた。


「ぐっ……!!」


 ブルースは!? ……大丈夫そうやな。上手い事鉄棒で受け止めたか。偉い。

 それにしても、脇の下の筋肉を切った方の腕で、なんであんなに…………あれ? 傷が無い!?

 ってか、他の傷もどんどん消えてってるやんけ……なんやねんその回復力!


「トキオ! 状況は!?」


 絶望的な状況の中、突然後方から俺を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。

 振り向くと、同じギルドに所属する“伊織いおり”がそこにいた。


「良くはない! 早いとこ片付けたいから伊織も手貸してくれ!」

「了解!」


 伊織は腰に差した二本の短刀を両手で抜き、俺とブルースが突っ込むのと同時に、敵の背後へ回り込むように駆け出した。


 くぅー、助かるわ!

 伊織が空いてる遊撃ポジションに入ってくれるなら、俺達は機を見逃さずに動き続けときゃええんやな。


 俺とブルースは、再び盾役を務めるルドの両脇を抜けて、左右から攻撃を展開していく。


 振り回してくる腕は躱し、金棒による一撃はルドが受け止めてくれる。

 こちらはダメージを受けず、相手には細かいダメージを淡々と与え続ける。そうやって、ひたすら相手の注意を惹きつけ続けていく中で……ようやく機は訪れた。


 伊織が背後からミノタウロスのアキレス腱をぶった切った事で、バランスを崩して前へ倒れ、地面に膝を付いた。


「今や! 擦り潰せ!!」


 俺は長剣でひたすら急所を狙い、ブルースは鉄棒で頭をボコボコに連打する。

 そこへ、伊織やサリーの攻撃も加わり、敵の回復力を遥かに上回るスピードで大ダメージを重ねていく。


 そして最後に、俺の長剣がミノタウロスの首へ致命傷を与えたところで、戦いは終了した。

 倒れ伏した体は黒いもやとなって消え、野球ボールサイズの魔石だけを残した。


「ふぅ……なんとかなったな」

「あぁ、なんとかね……それにしても、なんでCクラスのミノタウロスなんかが……? トキオはどう考えてる?」


「さぁ、わからん……。でも、これまでとは違う何かが起こってるのは、間違い無いやろな」


 いよいよ俺が懸念してたデカい被害が出始めるかもしれんな……それもこれも東京一極集中のせいや。

 これからは、地方にもっと負担が掛かってくる事になる。早くこの状況を変えんとあかん……!


「トキオ!伊織!」


 突然名前を呼ばれたかと思ったら、同じギルドの仲間、“勘太”が俺達の元へ駆け寄って来た。


「おう、勘太。叩き起こされたか?」

「……ロビンソンにな。アイツ加減忘れたんか知らんけど、エグい力で叩き起こされたわ」

「それはしゃあない。こんな状況やし」


 ……にしても、勘太はここへ何しに来たんや?


「んな事より! こっち片付いたんなら、急いで他にも回ってくれってよ!」

「えっ? 他のメンバーは?」

「叩き起こされて、順次現場に送り出されてる。それでも人手が足らんらしい」


 おいおい、それって……。


「今回のは、今までよりも出現数が段違いに増えてるらしいわ」

「出現数まで……」


 勘太の報告を聞いて、伊織の顔がどんどん青褪めていく。気持ちはわかる。

 俺達は今、過去の傾向から逸脱したCクラスのミノタウロスを倒したばっかりだ。

 その上、出現数まで増えたとなると、予想される被害は計り知れない……。


「勘太、事務所に急いで報告してくれ」

「おいおい、俺は伝令役ちゃうねんぞ」

「……Cクラスが出た」


「…………はぁ!?」


 そりゃ、その反応になるわな。


「正直、E級の勘太にはキツいかもしれん。だから、事務所に戻ってCクラスが出たって事を急いで報告してくれ」

「わ、わかった。 お前と伊織はどうすんねん」


「伊織はロビンソン達と合流した方がええかもな。俺はいつも通り単独で動くつもりやから、それも伝えといて」


 伊織と勘太の二人は、何か言いたい事があったようだが、それを呑み込んで俺の意見に了承してくれた。

 そして、二人は急いで別々の方向へ走り去って行く。


 あぁ! もう最悪や!

 今日は身体の調子も良くてウキウキ気分やったのに……!


「ダンジョンで思いっきりレベル上げするつもりやったのになぁ……ほんま最悪や!!」


 俺は大声で文句を叫びながら、モンスターが目撃されたという次の現場へ、勢いよく駆け出した。

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