中学校の同窓会についての封書が届いたのが、今から数週間前、夏の終わり頃である。


折角なので参加希望を出し、あっという間に当日となった。昼の内から支度を始めて、それなりに着飾り会場に向かい、懐かしの友人達と歓談し、酒や食事を楽しんだ。


ほろ酔いのまま参加した二次会で、意気投合した同級生達と連絡先を交換したら服部に絡まれる、までは良かった。

出水が重度の泣き上戸の本領を発揮し、会場は混乱の渦に呑まれたのだ。現在も付き合いのある友人として、責任を取る為に出水を回収して会場から離脱すると、なぜか服部も着いていた。


服部に出水を監視させている間にタクシーを探していたところ、偶然この居酒屋系謎自動車が、すぐ近くに停車していた訳である。



――などと考えている間にも、窓の外の風景は変化し続けている。

閑散とした郊外から乗り込んだタクシーは移動を始め、三十分程で駅付近の大通りに入った。カラオケ店や居酒屋の看板が、ピカピカ輝いて目に痛い。


元々、酔い潰れた出水を家に送り届けてから、この辺りまで戻り解散する予定だったのを思い出す。……ついでに、運転手に目的地を伝え忘れた事もだ。

しかしタクシーは一切躊躇わず右折し、安全運転のまま、出水の暮らすアパート方面へと向かっていた。


「……何か解らんが、大丈夫そうだぞ。多分」

「何が!?」


かれこれ三十分泣き続けた服部の為に、私は水のおかわりを注いでやった。セルフサービスの水がたっぷり入ったピッチャーには、黒いマーカーで「お冷。ご自由に」と書かれている。

服部にグラスを手渡してやると、チビチビと飲み始めた。


「まぁ落ち着け、服部。まずここはタクシーだ」

「……居酒屋じゃない?」

「ベンツだって車内で酒が飲めるんだ、畳の床でも大差無いよ。ほら、窓の外見てみなって。ちゃんと出水の家に向かってるだろ?」

「……タクシーにしては車高、高くない?」


それはちょっと私も気になっていたが、階段の分、高低差もあるのだろう。多分。


「二階建てバスみたいなもんだろ、イギリスなら普通だ」

「ここ日本……」

「島国と島国。ほぼおんなじだって」

「えぇー……? まぁ、うーん」


あまり納得してはいないようだが、ようやく頭が冷えてきたようだ。

服部はジャケットを脱いで畳み、空になったグラスと窓の外を交互に眺めてから、考えを口にする。


「もしかしてさぁ、これって心霊現象的なやつ?」


……なぜそうなるのか。

首を傾げた私に、服部は不服そうな顔を見せる。


「や、だって変過ぎじゃん? 何でタクシー乗って居酒屋みたいな状況なの、って感じだし?」

「みたいな、というか居酒屋だな。おしぼりもお通しもあるし――」

「ボクの為にも島村はここをタクシーだと言い切ってくれ。意識がどこかに置いてかれそうになる」


……私の言葉を遮った服部の、何と必死な面持ちだろうか。

服部を言いくるめる為に放った言葉が、早速仇となったかもしれない。


困って手にしたグラスは空だった。それに気付いた服部は、ピッチャーを手に取り注いでくれる。

二杯目の水で乾いた口腔を潤す私と、安酒を呷るように三杯目を流し込む服部。私も彼も、酔いなんてとっくに覚めている。

ちなみにお通しには手を付けていない。キュウリの漬物らしきそれは、乾燥して変色していたからだ。


「とにかくさぁ」と、服部は真面目な顔で話を続けた。


「ほら、幽霊とかに騙されて〜、みたいなヤツに巻き込まれてんだよ、ボクら」

「あー、狐につままれるってやつ?」

「……え? 何で今キツネ?」

「この流れで知らないヤツも居るんだ……」


こういうところが、服部らしさと言えばそうなのだが。

思えば中学時代から、適当にオバケのせいだ学校の七不思議だと言う割に、ちょっと話を掘り下げると「何それ?」と平気で宣う人物だった。


とはいえオカルト知識というのは、現代日本の日常生活において不要な分類だろう。あまり彼を責めるのも筋違いで――


「……あ、忘れてた」

「何なにどうした?」


そういえばこの場に、オカルト知識を持ってそうなヤツが居たな、と思い出した。

私は、服部の横で眠りこけている友人を指差す。


「出水なら詳しいでしょ、こういうの」

「え、そうなん!?」

「だって出水って……ああ、ほら、アレ」


丁度良いタイミングだったので、出水に向けていた指先を窓の外へと移すと、服部もちゃんとそちらに注目してくれた。

困惑していた服部は、すぐに何を示したのか気付いて――げんなりとした表情でソレを目撃する。


道路脇には、等間隔に並ぶ巨大な看板広告が設置されていて、夜間でも見やすいようにライティングされている。

途中までは近隣の歯医者や大型スーパーの案内だが、ここから数メートルの区間は、見知った人物のキメ顔と珍妙なキャッチコピーが印刷されていた。


『今世紀で最も偉大な名探偵!』

『シャーロック・ホームズを越えた(かもしれない)男!』

『難事件・怪奇現象・全部解決』

『貴方の町の正義の味方』

ウルトラ探偵・イズミ探偵事務所は五キロ先!』


「イズミ……出水って……」


ある種の悪夢めいた光景を認知してから、服部の視線は、自然と車内の出水に戻される。


「流石にホームズ越えは誇大広告だよね?」


私は少し水を飲む。

探偵風の帽子を枕に、出水はぐうぐう寝息を立てていた。

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