日々記す
秋乃光
序
学校までの道のりをわたしは歩いていた。
最寄りの駅から徒歩二十分、大きな通りを沿って上り坂と下り坂を繰り返す。
カバンの中に入れた緑茶をぐいぐい飲みながら、汗をかきながら、真夏の太陽のもとを進んでいた。
頭が痛い。
どうして電車を乗り継いでまでも学校に通い続ける人生を選んだのか。
前の学校ではなくいまの学校に転学してでも卒業したかったのは、たぶん、昔の自分に許してもらえないからで。
日々膨らんでいくおなかをさすりつつ、わたしは通学する。
毎日鉄分が足りない。
貧血と戦いながら、おなかのなかから蹴られながら、自問自答を繰り返す。
「これでよかったのか」「本当に産むつもりなのか」「そのあとどうするのか」「どうなるのか」「進学するのか」「しないのか」「これまで受験勉強していたあなたは」
「今のわたしを許してはくれないだろう」
これまでのわたしの人生は何だったのだろう。
これまでもわたしとしては生きていなかった。
わたしはわたしのためには生きていない。
それなら、これから、ひとり増えてしまったとして、そのひとりの為に生きていく理由が生まれるのならば、わたしの人生に意味が与えられる。
生きていくのに動機が欲しい。
たぶん、認めてもらいたかったのだと思う。
話を聞いて欲しかったのだと、昔のわたしの光景を引っぱり出した。
わたしは両親とは話せなくて、自室に引きこもってばかりで、たまに話すとまとまりがなくて、いらいらさせてしまって、余計にコミュニケーションが取れなくて。
どうしようもないストレスが爆発した。
何にもなかった世界に一滴の潤いがもたらされる。
暗闇のなかから鳴き声が聞こえてくるような気がして、奥底に潜む何かを掴もうとして、わたしは両手を前に伸ばした。
本当にこの選択が間違っていなかったのか、今となっては結果を待つしかない。
結果が出たとしても、そこでおしまいではなくそこから始まる。
運命か、決められてしまっているのか、わからない。
でも、わたしは未来を見て生きていきたい。
地続きの世界を歩んでいくのがこれからの楽しみ。
終わってしまったような人生なのだから。
どうしてあなたは、わたしの前に現れたのでしょうか。
「
昔のように笑わない。
あの頃と違うあなたがそこにいる。
大きな本を持っていた。
久しぶり、とも言わない。
もう忘れてしまったのかしら。
「あなたはここで死んでしまう。でも、死ぬことは別におそろしいことではないのです。わたしとは違う世界にあなたが移動する、それだけです」
わたしに言っているのか、それとも、自分に言い聞かせているのか。
ちゃんと聞こえている。
通学路、何故か誰もいない、もう既に違っていた。
わたしは階段をのぼっているその途中。
あなたは階段の最上部。
わたしはあなたの名前を知っている。
あなたもわたしの名前を知っているに違いない。
「美華ちゃん、もうやめよう」
わたしには理解できない。
名前を呼ばれた美華ちゃんが、ようやく目を合わせる。
変わっていない。
最後に会ったのは八ヶ月前。
あの時はまだ、何もわかっていないまま、急遽転学が決まった。
そのことを伝えた美華ちゃんは、「しょうがないね」と寂しく笑う。
今居るあなたは間違いなく美華ちゃんで。
でも、どこか違う。
外見は変わっていない。
目つきが、悟っている。
きっとわたしを見ていない、わたしを見て、見ているけれど別の部分を見ていて。
まるで中身が変わってしまったみたいな。
わたしがこれまでのわたしとは違ってしまったように、美華ちゃんもまた、どこか、おかしくなってしまった。
「ごめんね」
わたしは死へ向かって墜ちていく。
意識が飛ぶ、遠い、目が覚めたら、わたしはわたしのままで、だけども、違う。
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