第4話『ボクの、未来が』
天野に願って始まった思い出作りだったが、ボクは気が向くまま、思うままに行きたい所を言い、天野や長瀬と一緒に色々な場所を巡った。
遊園地に行って端から順番に全てのアトラクションに乗ったり。
映画館に行って、放映されている映画を全部見たり。
公園に行って、のんびり日向ぼっこをしたり。
カラオケに行ったり、ゲームセンターに行ったり、ボーリング場に行ったり。
天野も長瀬もボクの知らない遊び場をいっぱい知っていて、次から次へと楽しい場所に案内してくれた。
そのどれもが新鮮で、もしかしたら田舎にずっといるお姉ちゃんや友達よりもずっと楽しい思いをしているのかもしれない。
まぁ、人生全部分の遊びを今全てやっていると考えたら、それがお得なのか損なのかは難しい所なのだけれど。
「昼飯はどうするか」
「アレだ。最近新しいバーガーが出たらしいぞ」
「ほぅ? で。味は。チリ……って事は辛い系だな。翼は難しいだろう。別の物にした方が良い」
「天野! ボク、大丈夫だよ!」
「らしいぜ。天野」
「……俺は知らんぞ」
田舎には無いハンバーガー屋さんに並んで、その新作バーガーを買ったボク達は店の近くにある公園に向かった。
そして、紙袋から噂の辛いバーガーを取り出して、一口!
「か、辛い!!」
ボクは急いで一緒に買っていた飲み物を飲むが、口の中のヒリヒリとした感覚は消えず、残り続けていた。
「駄目だったか」
「だから言っただろう。ほら。翼。俺とバーガーを交換しよう。こっちはテリヤキだ。旨いぞ」
「うん。ごめんね。天野」
「気にするな。ちょうど辛い物が食べたかったからな」
天野はそう言うと、ボクの食べかけをガブリと食べ、涼しい顔でポテトも食べている。
ボクはまだ開けていなかった天野のバーガーを食べながら、その美味しさに少しだけ悔しい思いをした。
なんだか天野に子供扱いされている様な気がする。
そして、これはきっと気のせいじゃない。
でも子供扱いするなと言えるほどに、ボクは大人では無かった。
「うー」
「どうした? テリヤキは旨くなかったか?」
「美味しいよ!」
「そ、そうか」
戸惑う天野に、ボクは何だかイライラしながら強く言い返してしまった。
すぐにしまったと思うが、謝ろうという気にもなれない自分が子供みたいで嫌だった。
そしてご飯を食べ終わって、ゴミを捨てくると言って、何処かへ向かった天野を座りながら見送っていたボクは、すぐ横からニヤニヤと不快な笑みを浮かべている男を睨みつけた。
「くくく」
「……何笑ってんのさ。長瀬」
「いんや? 面白いなと思ってるだけさ」
「なーんにも面白い事なんて無いんだけど!?」
「おー。そうかそうか」
「腹立つ! 長瀬嫌い!!」
「ワハハ」
ボクは立ち上がって、長瀬を蹴るが、長瀬はケラケラと笑うばかりだった。
子供扱いして!!
「いやまぁ、そんなに気にしなくても良いと思うけどな」
「何が!」
「天野のアレだよ。癖みたいなモンなんだろ」
「子供扱いするのが!?」
「そ」
何でもない事の様に言う長瀬に、ボクは少しだけ思考を巡らせる。
そしてとんでもない事実にボクは気づいてしまった。
「もしかして、天野って子供が居るの!?」
「いや、何でだよ」
「だって、子供の扱いが鳴れてるって、そういう事でしょ?」
「あー。まぁ、確かにそう受け取られる事もあるか」
長瀬は先ほどまで笑っていたというのに、不意に真剣な顔になるとボクを見ながらゆっくりと話を始めた。
「天野にはさ。昔、年の離れた妹が居たんだよ」
「妹さん?」
「そう。病弱でな。起き上がる事すら滅多に出来なかったんだ。だから天野はそんな妹をずっと一人で看病していたんだよ。そのお陰か、あぁいう事が癖になっちまってるんだろうな」
「そう、なんだ……その妹さんは」
「もう亡くなったよ。結構前の事だがな。それでも忘れられない思い出さ」
ボクはその言葉に何も返す事が出来ず、ただ黙ってしまった。
そしてそんなボクを気遣ったのか、長瀬がいつもの様に乱暴に頭をかき回す。
「痛い! 痛いよ! 長瀬!」
「ワハハ。すまんな。俺はあいつと違って気を遣うなんて出来んからな」
「もう! 最悪!!」
「まぁ、昔の話だし。大した話じゃねぇよ。だから気にすんな」
「分かったよ。でも、ハッキリわかった事もあるね!」
「何がだ?」
「長瀬は弟とか妹が居ないって話! だって、年下への扱いが乱暴すぎるもん! それに恋人とかも絶対にいないよ!」
「言うじゃねぇか。チビ!」
「ボクはチビじゃない。東雲翼だ!」
「おーおー。分かってる分かってるよ。チビ」
「ムカツク―!?」
ボクは長瀬に飛びかかって、殴りつけたが、長瀬はゲラゲラと笑いながらボクの攻撃をいなすばかりだった。
そんな所へ天野が帰ってきて、仲が良いななんて言う。
「まぁな」
「仲良くなんて無い!! 長瀬の事なんて大っ嫌いだ!!」
「ワハハ。素直じゃ無いな」
笑う長瀬。そして笑う天野。
怒っているけれど、楽しい気持ちで満ちていたボク。
いつまでもこんな時間が続けば良いと思っていた。
でも、終わりの時間というのはどんな物にも来るのだ。
明日は八月九日。
例のボクの命が終わる日だった。
夜。
ボクは眠る事が出来ずに、一人ベッドから抜け出して窓から月を見ていた。
まんまるのお月様は、ボクの悩みなんて知らないとばかりに眩しい光を放っている。
確か今日は満月だった。
神様もわざわざこういう日に終わりを用意してくれたのだろうか。
まるで嬉しくは無いけれど、何もかもを憎む事は出来なかった。
だって、多分神様がボクにそういう運命を与えなければ、ボクは病気でベッドから動けないままゆっくりと終わりを待っているだけだったかもしれないから。
こうして変な運命を与えたお陰で、天野も長瀬も同情して色々とやってくれた。
なら、ボクはきっと幸運だった。
そうだ。短い時間だったけど、ボクは良い人生を歩めたのだ。
「……ぅ、うぅ……死にたく、ないよぉ」
「翼」
「っ! ご、ごめんね! 起こしちゃった?」
窓の傍でメソメソと泣いていたボクの声に反応したのか、長瀬が起き上がってボクを真っ直ぐに見ていた。
急いで、目元を拭うが、涙はすぐに止まってはくれなかった。
「一人で泣くな。翼」
「……ぅ」
ボクのすぐ横に座って、いつもの様に乱暴に頭をかき混ぜて、笑う長瀬。
それは何だか不思議と安心出来るものだった。
「実は今まで話してなかったんだがな。俺には秘策があるんだ」
「ひ、さく?」
「そうだ。実はな。俺には未来が見えるんだ。まぁより詳細な未来を見ようと思ったら短い先の未来しか見えないが、それでも、確かに見える」
軽く、とんでもない事を言っている長瀬だったが、ボクは長瀬が嘘を言っている様には思えなかった。
そして長瀬は柔らかく笑い、ボクを見たまままた頭をやや乱暴に叩く。
「今日までよく頑張ったな。ようやく見えた。お前の未来が。明日以降も、その先もずっと続いて行く未来が」
「ボクの、未来が」
「あぁ。クソ生意気に笑って、怒って、泣いて、また笑って。そういう当たり前の未来が見えたよ。だから安心しろ。お前の未来は俺が守ってやる」
それは、長瀬なりの励ましだったのだろうか。
それとも確信を持った言葉だったのだろうか。
ボクには分からない。
分からないけれど、苦しくて、辛くて、追い詰められていたボクには、その言葉は酷く安心出来る物に聞こえたのだ。
怖い。
今日が怖い。
終わらないで欲しい。
そんな願いを優しく包んで、長瀬は何度でもボクに言ってくれた。
大丈夫だ、と。
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