第46話 人であろうとするまがいもの

 ネロがヴラッドたちの手を取り、古代遺跡から情報を抜いて帰ってきたその夜。

 アジトの一角、夜の作業室に機材の低い駆動音だけが響いていた。

 ネロは静かに椅子に座り、反対側でノート端末を操作していたアインに声をかけた。


「……アインさん」

「どうしたんだい?」


 目を離さずに返される声は、いつも通りの飄々とした声だ。


「ワタシのこと、話しておきたいと思って……」

「NER-00。正式名称はNeo-Emperor Replica。かつて高度な科学技術を誇ったクラウディア帝国の新たな皇帝の器として設計されたアンドロイド。そんなところかな」

「……やっぱり、気づいてたんデスネ」


 アインは画面を閉じ、ようやく視線をネロに向けた。


「明確な証拠はなかったけど、兆候はあった。動作、構造、反応速度。人間には不自然な点が多かったからねぇ」

「ワタシは魔法文明を封じるために造られた生体演算ユニット。今ある人間らしさは、全部演算結果デシタ」

「そうだろうねぇ」


 アインは少しも気にすることなくネロの言葉を肯定する。


「否定しないんデスカ?」

「ただの事実だからね。それに僕もホムンクルスだ。人造物同士、いまさら互いの出自に悩むのもバカらしいと思わない?」


 冗談めかしたアインの言葉に、ネロはわずかに俯いた。


「けど、皆さんを騙してマシタ。クーリンさんも、ヴラッドさんも」

「彼らが騙されたと思っているなら、それは問題かもしれない」


 アインは視線を伏せず、静かに続ける。


「でも、君に向けて伸ばした手は、彼らの意思だ。選択の責任は、選んだ側にあるんじゃないかな」

「それでもワタシは……ただの演算です。感情も、関係も、全部」

「おっと、それは違うねぇ」


 一拍置いて、アインが言った。


「だって、僕たち自身がまがいものだったとしても、こうして今ある関係は本物さ」


 ネロはその言葉を、静かに噛みしめた。


「ワタシ、ここにいて、いいんデスヨネ?」

「ヴラッド君がいいと言ったんだ。リーダーの言葉には従うものだよ?」


 ネロは、ほんのわずかに口元を緩めた。


「リーダーの命令……なら、従わないといけないデスね」


 ぽつりと呟いたその言葉に、アインはふっと笑った。


「ワタシ……明日から、何をすればいいデスか?」

「さっそく仕事熱心だね」


 アインは顎に手をやり、少しだけ考え込んでから答える。


「本体の解析能力を貸してほしい」


 アインの口調は穏やかだったが、その瞳の奥には真剣さが宿っていた。

 ネロは一瞬だけ瞬きをし、小さく頷いた。自分にできることがあるのなら、それは〝ここにいる理由〟になる気がしたのだ。


「僕には錬金術師シュタインの知識や頭脳が備わっている。だけど、そんなハイスペックなハードもソフト面のアップデートは必要でね」


 言いながら、アインは自らのこめかみを軽く叩いた。あくまで冗談めかしていたが、その言葉の裏には、長く古代の知識に依存してきたことへの自戒も含まれていた。


「結局、アインさんもワタシの本体を利用してるデス! マッドアルケミスト、デス!」


 ネロが両手を広げて抗議すると、アインは肩をすくめて笑った。


「そりゃそうさ。僕はかの天才錬金術師シュタインのホムンクルス……その一号アインだ」


 誇らしげに胸を張るその姿は、どこか舞台俳優のようだった。

 だがその自嘲にも似た言い回しの裏に、彼が背負ってきた孤独の重さが滲んでいた。


「君だって僕を利用すればいい。いや、頼りにするという言い方のほうがいいかもね」


 アインの声はいつにも増して優しかった。押しつけがましさも、遠慮もなかった。

 ネロは少しだけ口を尖らせて言い返す。


「都合がいい人デス」

「人じゃないだろう。僕も君も」


 アインが笑いながら返すと、ネロも目を伏せて、静かに頷いた。


「それはそう!」


 ネロは一息ついてから、クーリンの口調を真似てみせた。

 アインは、その様子を見て目を細めた。笑顔というよりも、どこか安心したような表情だった。

 そして椅子を回し、背を向けながら端末に再び向き直る。


「これからも、歳の近い友人として妹と仲良くしてくれると助かるよ」

「もちろんデス!」


 ネロは元気よく答えると、胸を張って立ち上がった。

 その表情には、もう迷いはなかった。

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