第43話 三本柱の綻び

 便利屋バッドバットの事務所。

 昼下がりの静けさの中、扇風機の軋む音だけが回る空気を押していた。


「資金力、武力、裏社会での影響力……ゴルディアス・ファミリーの三本柱が揺らげば、確実に綻びが出る」


 ヴラッドがホワイトボードに手書きで図を描きながら、簡潔にまとめる。


「でもさ、それって焦ったゴルディアス・ファミリーがネロちゃんを強引に狙ってくるようになるんじゃないの」


 クーリンが不安げに口を挟む。視線はネロの方に向けられていた。

 ネロはと言えば、静かに本を読んでいた。厚手の児童書のページを、丁寧に指でめくっている。


「それに備えて、まずは情報だ」


 ヴラッドはソファの背に腕を回し、低く呟くように言った。


「なんで政府までがここまで躍起になってんのか、調べる必要がある」

「……ってことは」


 クーリンがごくりと息を呑む。


「まさかとは思うけど、政府の施設に忍び込もうとしてる?」


 ヴラッドはニヤリと笑った。


「惜しいな。さすがにそれはリスクが高すぎる」


 キャンディーの棒を指先でくるくる回しながら、続ける。


「遠回りにはなるが、古代遺跡を当たる」

「古代遺跡って……また?」


 クーリンは眉をひそめる。


「前にあたしたちが逃げ出した古代遺跡に行くってこと?」

「そうだ」


 ヴラッドは立ち上がり、机の引き出しから古びたマップを広げた。


「この古代遺跡は、おそらく魔力じゃなく電気で動いていた。そして、不思議な力で未発見の装置を動かしてみせた」

「ネロちゃんと遺跡……関係あるの?」


 クーリンが不安げに尋ねると、ネロは一瞬だけ首を傾げてノート端末を閉じる。


「わからないデス。でも、自分のこと、知りたいデス」


 その言葉で室内の空気が少しだけ緊張する中、ヴラッドは静かに頷いた。


「なら、決まりだな」

「ボスとあたしが守るから泥船に乗ったつもりでいて!」

「それ、出港した途端に沈むだろうが」

「沈む船には乗りたくないデス……」


 ネロが小さな声でぼやいたのを聞き、クーリンは苦笑しながら頭をかいた。


「ごめんごめん、例えが悪かった! えーと……戦車に乗ったつもりでいいよ!」

「それ、逆に目立つデス」

「それはそう」


 軽口を交わす二人をよそに、ヴラッドはすでに出発の準備を始めていた。マップの上に赤いマーカーでルートを引きながら、周囲の地形と過去のデータを再確認する。


「この遺跡、前に逃げたときは見落としてた通路があったはずだ。下層に続くルート、あれが本命だ」

「でも、どうやって入るつもり? 今さら正面から突っ込んだら、またブランチハウンドに嗅ぎつけられるかもしれないよ」

「ネロが開けてくれた脱出用の出口から侵入する。あそこならブランチハウンドにも気づかれにくいだろうからな」


 ヴラッドの言葉に、クーリンが心配そうにネロを振り返った。


「ネロちゃん、無理してない?」


 ネロは一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げて、小さく微笑んだ。

 抱えていたノートを閉じ、真っ直ぐにヴラッドを見上げる。


「……ワタシ、自分が何者か、知りたいデス。もし、怖いことでも……ちゃんと向き合うデス」


 その瞳に宿る決意に、クーリンが思わず目を細める。


「ネロちゃん……ほんと、強くなったね」


 クーリンは、どこか誇らしげに呟く。


「あたしたちも覚悟決めなきゃね」

「なら、決まりだ。今夜、出発する」


 クーリンが拳を握るのを見て、ヴラッドは小さく頷いた。

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