第41話 【最新】売り上げ_20250930(1)

 便利屋バッドバットの事務所内。

 午後の空気はのんびりとゆるみ、各々が自分の作業に集中していた。

 クーリンは椅子に座って帳簿を確認しながら、隣のヴラッドへぼやく。


「最近、データの管理がややこしくなってきたよね。売上帳と仕入れリスト、間違えるとめちゃくちゃ面倒だし……」

「そもそもお前の手書きメモが読めねぇんだって」

「あたしの字はちょっとクセがあるだけだもん。そういうボスだって崩しまくりじゃん!」

「すぐメモんねぇと忘れんだよ」


 そのやり取りをよそに、作業机の奥でネロが黙々とキーボードを叩いていた。

 膝の上にノート端末を乗せ、両手の指先が滑るようにキーを走らせていく。


「ネロちゃん。何やってるの?」


 クーリンが気になって声をかけると、ネロは端末から目を離さずに答えた。


「売上ファイルがたくさんあったデス。名前が似てて、中身が違うのもあったので、まとめておいたデス」

「どれ見て言ってんの?」


 ヴラッドが椅子ごと覗き込むと、画面にはずらりと並んだファイル名のリストが映っていた。


 ・売り上げ

 ・売り上げ_最新

 ・売り上げ_20251008

 ・売り上げ_20251005_最新版

 ・売り上げ_更新版

 ・売り上げ_更新版(1)

 ・【最新】売り上げ_20250930

 ・【最新】売り上げ_20250930(1)

 ・売り上げ_確定版

 ・売り上げ_最終版

 ・売り上げ_最終版ver02


「うわぁ……」


 クーリンがファイル名を見て顔を引き攣らせた。


「更新するたびに別名保存してるからこうなるデス」


 ネロは少し首をかしげる。


「これ、どれが本当の最新版なんだっけか……」


 ヴラッドも渋い顔をする。


「中身を比べて、日付と内容を統合したデス。重複データは抽出して、非表示のものは見えるようにしたデス」


 ネロは淡々と説明する。


「そんなこと、どうやって……」


 クーリンが思わず言葉を漏らす。


「数式やマクロを使えば、いろいろできるデス」

「ネロ。お前、魔導具の扱いなんてどこで覚えたんだ」


 ヴラッドが軽く目を細める。


「わからないデス。でも、このくらいちょちょいのちょいデス!」


 ネロは笑顔のまま答える。

 まるで、自分の能力が特別だとは微塵も思っていないかのように。


「並び順もこっちのほうが見やすいと思ったデス。クーリンさんのタグ分けが雑だったから……並列で再整理したデス」

「タイピングなら負けないよ!」


 悔し紛れに声を張り上げるが、ヴラッドがすかさず突っ込んだ。


「打つのが早いだけだろ、お前は。内容がメチャクチャじゃ意味ねぇんだよ」

「うーん、それはそう!」


 ネロはくすっと笑いながら、スクロールバーを指先でなぞって次の処理へ進む。

 その手の動きには、一切の迷いや引っかかりがない。


 そこへ、台所からポットの音が鳴る。

 クーリンが立ち上がりながらため息をついた。


「よし、ちょっと休憩にしよ。ネロちゃん、お茶入れるよ」

「ありがとうデス」


 ネロはぱたんとノート端末を閉じ、ふわりと笑う。


「悪ぃ、飛び込みの依頼入ったから行ってくるわ」

「「いってらっしゃーい」」


 その姿を見て、ヴラッドは神妙な面持ちで便利屋を出た。

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