第19話 不安の影

 ヴラッドは便利屋の事務所を後にし、黒い軽魔導車に乗り込んだ。

 クーリンとネロをかくまい始めて数日。

 彼女たちは思った以上に大人しく、今のところ目立ったトラブルもなかった。


 とはいえ、指名手配犯と重要参考人を抱えたまま日常を送るのは、決して気楽なものではない。


「……俺は何やってんだろうな」


 独り言を呟きながらエンジンをかけ、車を発進させる。

 目指すは、グラヴァナの都市部にある隠れ家バル〝フラン・チェイン〟。

 エンジンの低い振動を感じながら、ヴラッドは市街地へと向かう。


「いらっしゃい、ヴラッド君。今日は何を食べる?」


 店に入るなり、カウンターの向こうからアインが軽い調子で声をかけてきた。

 昼時を少し過ぎた店内は客足も落ち着き、ほんのりスパイスの香る静かな空間が広がっている。


「腹が減ってる。適当に頼む」

「雑なオーダーだね。ま、君の好みは把握してるから安心しな」


 アインは手早く鍋を振りながら、ヴラッドをちらりと見やる。


「最近、妙に姿を見せなかったけど、何かあったのかい?」

「……まあ、いろいろとな」


 ヴラッドは椅子に腰を落とし、深く息を吐いた。


「珍しく歯切れが悪いじゃないか。そういうときって、大抵ロクでもない案件を抱えてるときだと思うけど」


 アインは鍋の火を弱めると、腕を組んでヴラッドを見据える。


「まさか、最近話題になってる指名手配犯の件じゃないだろうねぇ?」


 ヴラッドはわずかに目を細めたが、すぐに飄々とした表情に戻る。


「さて、どうだかな」

「ははっ、否定しないのが怪しさ満点だね」


 アインは肩をすくめると、目の前に熱々のプレートを置いた。


「ほら、食べな。どうせ今の君に正直なことを聞いても答えちゃくれないだろう」

「だったら端から聞くんじゃねぇ」

「ただの世間話さ」


 その言葉にヴラッドは黙って料理に手をつけた。肉の旨味が口いっぱいに広がるが、アインの視線が鋭く刺さる。


「深入りするなんて珍しいな」

「……うるせ」

「君がわざわざ守るなんて、それなりの理由があるんだろ?」

「俺が誰を守ろうが、俺の勝手だ」


 ヴラッドはそう言って、皿を片付けると立ち上がった。


「次の仕事がある。そろそろ行くぜ」


 カウンターの上に代金を置いたヴラッドへアインが声をかける。


「そうだ、ヴラッド。次の試作品は使ってくれたかい?」

「危なっかしくて使えねぇよ、ダボカス」

「ま、強い副作用があるからね。まだ鉄火場じゃ使えないか」


 苦笑すると、アインは代金を受け取った。


「気をつけなよ、ヴラッド君」

「おう」


 ヴラッドは軽く手を挙げ、店を後にした。

 彼の背中を見送りながら、アインは小さく息を吐いた。


「……本当に面倒くさい男だよ、君は」


 その表情はどこか寂しげなものだった。

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