第13話 少女ネロ

 ヴラッドはレトリールの姿を見て眉をひそめた。


「こりゃ厄介ごとの匂いがするな」

「……あなたもこの子を追ってきたの?」

「知らねぇよ。俺のは別件だ」


 ヴラッドは肩を竦め、レトリールの横を通り過ぎようとした。

 そのとき、遠くから複数の足音が響いた。それは二つどころではなく、明らかに大人数のものだった。足音は重く、規則的な靴の音にヴラッドは舌打ちをした。


「ああもう、追手が……!」


 レトリールもその音に気づいたのか、警戒の色を強めた。


「おまわりさん……」

「大丈夫だよ、ネロちゃん。あたしが絶対に守るから」


 不安そうにする少女ネロに、レトリールは目線を合わせて明るく笑って見せる。

 それを見たヴラッドの脳裏に苦い記憶が蘇る。


「……ダボカスが」


 もう一度舌打ちをしてヴラッドは面倒くさそうに頭をかいた。

 それからレトリールへと声をかける。


「おい、ポリ公。その子を連れて先に進め。この場は俺が何とかする」

「……どうして?」

「売れるときに恩は売っとくもんだ。あとで倍になる」


 レトリールは戸惑いの表情を浮かべたが、ヴラッドの纏う空気が真剣であることを察した。

 彼女は一瞬の逡巡の後、少女の手を引いて奥へと駆け出した。

 ヴラッドはその背中を見送り、ホルスターから銃を抜いた。追手らしき男達が遺跡の入口付近で立ち止まり、周囲を見回している。まだこちらには気づいていない。


「さて……どうやるか」


 ヴラッドは柱の陰に身を潜めながら、息を潜めた。足音が近づき、ついに一人の男を視界に捉えた。他の者はまだ来ていない。

 それから、ゆっくりとポケットからアインの試作品を取り出した。


「いや、ぶっつけ本番で試すには危険すぎるな」


 頭を振り、試作品をしまうとヴラッドは静かに息を吐く。


 その瞬間、ヴラッドは行動を起こした。

 音もなく背後に回り込み、首を締め上げる。一撃で動きを封じると、倒れた男を静かに床に横たえる。


「やっべ、こいつ政府のエージェントじゃねぇか……!」


 男の姿を見てヴラッドの背筋に冷や汗が流れる。制服の袖には、政府直下のエージェント〝ブランチハウンド〟の紋章が見えた。


 だが、手を出した以上、もう止まることはできない。

 彼は息を整え、二人目の男に目を向けた。次の動きを読んで、再び陰から身を潜めながら接近する。男が仲間の動向を確認するために目を逸らした隙に、背後からヴラッドは締め落とす。

 不意打ちは見事に成功し、二人目の男が崩れ落ちた。


「……想像の百倍厄介じゃねぇか」


 ヴラッドは軽く肩を竦めると、ブランチハウンドの武装を回収してから奥へ向かうレトリールたちの後を追うように足を進めた。

 レトリールとネロが走り抜けた後、ヴラッドは再び背後を確認した。


「……まだ奴らが来る気配はねぇか」


 ぼそりと呟きながらも、完全に油断はしない。ブランチハウンドが相手なら、どんな奇襲を仕掛けてくるか分からない。


 それからヴラッドは道なりに進み、先を行っていた二人に追いついた。

 レトリールとネロは少し離れた場所で息を整えていた。レトリールは肩で荒い息をしながらも、ネロを気遣うようにそっと肩を抱いている。


「もう、大丈夫だからね。怖くないよ」

「……はいデス」


 ネロが小さく頷くのを見て、レトリールは安堵の表情を浮かべた。


「ったく、想像以上に厄介ごとの匂いがプンプンしてらぁ。さて、ポリ公。俺に何か言うことがあるんじゃないか?」


 ヴラッドが軽く肩を回しながら言うと、レトリールは少しだけ肩の力を抜き、苦笑を浮かべた。


「助けてくれて、ありがとね」

「どういたしまして。んじゃ、とっととここからとんずらこくぞ」


 ヴラッドは悩まし気に遺跡の入り口方面に目をやる。しかし、その先にはまだ追っ手がいる可能性が高い。


「でも、このままじゃ外に出られないデス……」


 ネロが足を止め、周囲を見回した。


「そうだね……正面にはブランチハウンドがいるかもしれないし、別の道を探さないと」


 レトリールが困ったように眉をひそめたとき、ネロの視線が壁に刻まれた古代文字に向いた。

 ヴラッドも目を細める。先ほど観察したものと同じ、幾何学模様のような古代文字だ。


「仕掛けがあるかもデス」

「仕掛け?」

「たぶん解除できるかもデス」


 ネロは指で文字をなぞり、壁の一部に組み込まれた奇妙なパネルを見つけると、ためらいなくタップした。

 ヴラッドは無言でネロの動きを観察する。


 すると、壁が低く唸るような音を立て、ゆっくりと横にスライドして開いた。

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