第11話 ブカレスからの依頼

 昼下がりの陽射しが街の外壁を照らしていた。

 スラムの狭い通りには、気だるげな風が吹き抜け、陽炎のようにゆらめく埃を巻き上げていた。


 ヴラッドは軽魔導車の窓を開け、ひとつ深く息を吐いた。ファーガスの整備場での会話が、まだ頭の隅に引っかかっている。レトリールの消息。気になる。それでも、今はどうすることもできない。

 エンジン音を低く響かせながら車を停めたのは、フラン・チェーンだ。


 扉を開けると、シチューと炒め物の香りが鼻をくすぐった。

 店内では、フランが忙しそうに動いており、奥の厨房からはアインの声が聞こえてくる。


「ヴラッドさん! いらっしゃいませ!」

「ランチタイムには、まだ間に合うか?」

「もちろん!」


 ヴラッドは常連らしくカウンター席のいつもの場所に腰を下ろし、出てきた日替わり定食を手際よく平らげていく。


「食ってるとこ悪いが、ビジネスの話をさせてもらおうか。便利屋さんよ」


 その時、店の奥から低い声が響いた。

 ヴラッドが振り返ると、奥のテーブルに腰を下ろしたブカレスがこちらをじっと見つめていた。


「よぉ、ブカの兄貴。ここで会うとは思わなかったな」

「偶然じゃない。お前に頼みがあって来た。座れ」


 ヴラッドは軽く肩をすくめて、ブカレスの向かいに腰を下ろした。

 ブカレスはポケットからタバコを取り出し、一本を口に咥えた。


「おい、火」

「俺はゴルディアス・ファミリーの構成員じゃないんすけどねぇ」


 ヴラッドはポケットからライターを取り出し、完璧な所作で火を着ける。


「で、どんな仕事だ?」


 ブカレスはポケットから一枚の紙を取り出し、テーブルに広げた。それは、古代遺跡へ逃げ込んだ実験体回収依頼の詳細が記載されたものだった。


「これだ。うちのフロント企業が手を焼いてる案件でな。どうやら他の勢力も目をつけているらしい。最近やたらと古代遺跡に出入りしているお前なら出し抜かれることもないだろ」

「なるほどね。遺跡探索ってわけか。報酬は?」

「好きな額を小切手に書け。だが、成功させろ。失敗は許されない」


 ヴラッドは紫煙を燻らせるブカレスを見やりながら、軽い調子で言った。


「ケッ、容赦なく報酬ふんだくってやるよ」


 ブカレスの目が一瞬鋭さを増すが、ヴラッドは相変わらず飄々とした態度のままだった。


「それでいい」


 低い声が、吐き出される煙と共に響いた。

 ブカレスの瞳が一層鋭い光をまとい、唇の端がわずかに歪む。

 それから吐き出した煙をヴラッドの顔に吹きかけると、ブカレスは満足げにその場を後にした。


「けほっ……あんのダボカスがよ」


 むせながら呟いたヴラッドの横から、心配そうに声がかかる。


「大丈夫ですか、ヴラッドさん?」


 フランがむすっとした顔でブカレスの灰皿を片付ける。


「ほんと、嫌になりますよね。お兄ちゃん、あの人を出禁にできないの?」


 不満げな表情を浮かべるフランへ、アインが鍋を片付けながら低い声で答えた。


「難しいねぇ。彼はゴルディアス・ファミリーのボス。逆らえば、ただじゃ済まないよ」

「堅気に迷惑をかけるんなら、堕ちたも同然だよ」

「違いないねぇ」


 呟くヴラッドの横で、アインが小さく笑う。

 張り詰めた空気が、わずかに解けた瞬間だった。


「そうだ、フラン。ちょっと頼まれてくれないか?」


 ヴラッドの言葉に、フランは一瞬だけ瞬きをしてから微笑んだ。


「ん、どしたの?」

「回覧板を届けてもらえないかな」

「わかった。任せて!」

「車に気をつけてねー」


 回覧板を持ったフランがいなくなったのを確かめると、アインは身を乗り出して低い声で呟いた。


「……ヴラッド君。遺跡内に転がってる遺物や武器の残骸も拾ってきてくれ」

「了解」

「それと、これだ」


 アインは小さく笑いながら、カウンターの下から黒い小瓶を取り出した。

 ヴラッドは片眉を上げながらそれを手に取る。


「なんだこれ?」

「新しく調合した身体強化薬〝魔髄液(まずいえき)〟の試作品さ。この前料理に混ぜたのとは違って、即効性で強化倍率も高い。まだまだ改良が必要だけどね」

「まずそうな名前付けやがって……」


 ヴラッドは黒い小瓶を見て反射的に顔を顰める。アインの試作品は依頼で何度か試したことがあったが、副作用で何度もひどい目に遭っているのだ。

 先日、マラリアノス・ファミリーを壊滅させたときは、一日副作用で眠れなくなってしまったくらいである。

 効果そいのものは絶大ではあるのが、また憎たらしいところだったりするのだ。


「お前が作ったもんだ。どうせぶっ飛んだもんなんだろ?」

「まあ、君が試してみればわかるさ」


 ヴラッドは小瓶をポケットにしまいながら、カウンターに肘をついた。


「ありがたく貰っとくよ。んじゃ、ごっそーさんでした」


 ヴラッドはカウンターに代金を置き、軽く手を振って店を後にした。

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