第7話 爆発
夜の帳が降りたというのに、街は喧騒と眩い光に包まれていた。
魔導灯が普及した現在では、夜ですら人間の時間のままだ。
無機質で巨大な構造物は、煌々と輝く魔導灯に照らされ、まるで夜という概念を拒絶しているかのようだった。
人気のない施設外周では、照明が時折チカつき、監視魔導装置が無機質に首を振っている。
その薄暗い敷地の裏手、搬入口の脇に設置された老朽化したメンテナンスシャフト。
そこに、ふと不自然な音が混ざった。
わずかな音と共に、排気口のカバーが内側から静かに外される。
排気口の奥から現れたのは、黒ずくめの影。
ヴラッドは昼間の配達の最中、トイレを借りている間に排気口の固定ボルトを内側から外していたのだ。
ゆっくりと身を起こし、ヴラッドは周囲を確認する。
監視魔導装置の死角を縫って、警備の巡回ルートを避けながら影のように構内へ滑り込む。
深夜の空気は冷たい。だが、施設の奥から漏れる微かな熱気が、皮膚にまとわりついてくる。
まるで、巨大な獣の体内に足を踏み入れたかのようだった。
ヴラッドは迷うことなく通路を進んでいく。
階段を下り、脇道を折れ、メンテナンスエリアへ。
あらかじめ頭に叩き込んでいた施設構造図どおりのルートをなぞりながら、やがて目的の場所にたどり着いた。
潜入のための通路から奥へ進むと、次第に熱気が身をまとわりついてくる。
ガラス窓越しに、ほのかな燐光が漏れていた。
「ここは……」
足を止め、扉の隙間から中を覗き込む。
その先には、巨大な球体が鎮座していた。
球体の下へ、ベルトで運びこまれた魔力原石が次々と放り込まれている。
「何だこりゃ?」
低い呟きが漏れる。
球体の表面には、古代の紋様めいた文字が鈍い燐光となって脈打っていた。
室内はまるで鍛冶場のようだった。
張り巡らされた太いパイプから蒸気が立ち上り、湿り気を帯びた空気の中で、ほんのわずかに金属が焼けるような匂いが鼻を刺す。
球体の裏側では、巨大複雑な羽根のついた構造体が低音を唸らせながら回転していた。
「これが魔力炉か……」
呟きながら、ヴラッドはポケットから小型の魔導端末を取り出す。
依頼主から渡されていたものだ。
指示通り言われた通り球体の側面から伸びる細いパイプへ、魔導端末の端子を差し込む。
カチリと反応し、端末の画面に無数のデータが走り始めた。
次の瞬間、低い唸りが甲高い音へと変わり出した。
「おいおい、何仕込みやがった、あの野郎!」
ヴラッドが身を引いたその瞬間、眩い閃光と共に轟音が室内を震わせた。
パイプが破裂し、蒸気の塊が通路へ雪崩れ込む。
咄嗟に身を屈め、巻き上がる熱風から身を守る。
「あんのダボカスが! マッドアルケミスト、マジでふざけんな!」
煙が立ちこめ、警報がけたたましく鳴り響く中、ヴラッドは魔導端末を握り締めて、身を翻した。
魔力炉管理施設を脱出したヴラッドは、闇夜に紛れるように魔導車へ滑り込み、慌ててアクセルを踏み込んだ。
タイヤがアスファルトを軋ませながら火花を散らし、施設の裏道を抜けて都市の外縁部へと加速していく。
煤で汚れた顔を袖でざっと拭いながら、ヴラッドは片手でスマホを取り出す。
画面にはすでに速報の通知が複数件届いていた。
いずれも〝魔力炉管理施設で爆発発生〟と見出しが躍り、ヘリからの映像とともに炎上する建屋の様子が映し出されている。
「マジで、どうすんだこれ……」
ヴラッドは苦々しく舌打ちすると、スマホをダッシュボードに放り投げた。
数日後。公的には魔力炉管理施設で発生した爆発は〝老朽化による設備トラブル〟として処理された。
公式発表は数日間にわたり訂正を繰り返しながらも、最終的には〝人的被害なし、設備復旧に全力を挙げる〟という建前で落ち着いた。
一方、SNSでは一時的に爆発映像の切り抜きが拡散され、陰謀論やテロ疑惑も飛び交ったが、情報が整理されるにつれ、徐々に話題は風化しはじめていた。
爆発など、この街では珍しいことではないのである。
それを確認すると、ヴラッドは今日の依頼をこなすために軽魔導車に乗り込んだ。
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