第2話 便利屋バッドバット

 グラヴァナの裏通りで、ヴラッドは一匹の猫を探していた。

 今朝がた依頼のあった猫探しである。


「ったく、ヘラっちの奴……これで何度目だよ」


 そう呟きながら、ヴラッドは濡れた舗装路を蹴りながら進む。街の中央通りから少し逸れた裏通りでも、都市の張り詰めた活気が滲み出している。広告が張り出された建物の外壁、魔導灯のイルミネーションが濡れた路面で幻想的に反射して、様々な服装の通行人たちが交差していた。


 以前からの顔馴染み、ヘラっちからの猫の捜索依頼も、もう数えきれない。いい加減面倒になり、首輪に発信機を付ける案も頭を過ぎるが、そうすれば次の仕事が発生しなくなる。

 貴重な収入源となる仕事を、わざわざ手放すつもりもなかった。


「おーい、猫ちゃん! 怖くないからこっちおいでー」

「フシャァ……!」


 通りから逸れた小路で、街路樹の枝から降りられず固まる猫の姿があった。街路樹の下では両腕を広げて猫を助けようとしている影があり、思わず声をかける。


「何やってんだ、ポリ公」

「あぁっ!? 便利屋さん!」


 振り向いたレトリールの表情が一瞬で険しくなる。


「よくもまぁ、あんな逃げ方してくれたね!」

「何の話だよ」

「とぼけないでよ! 今朝のスピード違反!」


 そう言いながら、レトリールが一歩詰め寄る。通りを行き交う通行人たちの横で、張り詰めた都市の空気が一瞬だけ増す。


「ああ、あの猛スピードで俺のボンネット飛び乗ってきたヤツか」

「その後、『待ってて』って言ったのに、私を放り出して逃げたでしょ!」

「待てと言われて待つ奴はいねぇよ」


 笑うヴラッドを、レトリールが拳を握りながら睨めつける。


「警察官の静止命令は聞いてよ!」

「ちゃんと止まった後に発進しただろ」

「ちーがーう!」

「にゃーご」


 二人のやり取りの裏で、枝先の猫が一声、呆れたように鳴く。

 ヴラッドは素早く街路樹に上ると、枝から猫を手早く抱き上げた。


「これで依頼完了っと。こら、ネメア。あんまり脱走すると、ヘラっちに愛想つかされるぞー」

「その子、ネメアっていうの?」

「ああ、ダチの飼い猫だ。よく脱走するから依頼が絶えねぇんだわ」


 ヴラッドが首輪の名札を確かめてから、スマホで依頼主に一報を入れる。


「ああ、ヘラっちか? ネメア見つかったぞ」


 通話を終えた後、ポケットへスマホを滑り込ませながら呟いた。


「これでよし……何だよ、まだ何か用か?」


 レトリールが一歩前へ出て、むっとした表情のまま声を張る。


「今朝のスピード違反!」


 そう告げた瞬間、張り詰めた空気が一層強まり、通行人たちの何人かがこちらへ一瞬だけ目を向けた。


「まーだ言ってんのか……そう怒んなよ。ほら、昼飯おごるから、な?」

「ホント? それなら、まあ、許してあげてもいいよ!」


 その一言で、張り詰めた空気が和らぎ、レトリールの頬がわずかに緩んだ。


「単純だなお前……」


 呆れ混じりの笑みに肩をすくめながら、ヴラッドは通りの先へと足を向けた。

 後ろからついてくるレトリールの姿が、どこか楽しげで、都市の喧騒の中へ二人の姿がゆっくりと紛れていった。

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