見た目は子ども、でも大人、そんな彼女と出会いました。

りおん

第1話「ずぶ濡れのその子は」

「お疲れさまでしたー」


 一言挨拶をして、俺は会社を後にした。

 外は雨。梅雨のこの時期は、雨が降るのが当たり前だと言ってもいい。

 毎日のように雨が降っていると、心もなんだかどんよりとする。


 今日は少し遅くなってしまった。仕事がここのところ忙しく、残業になることも多くあった。まぁでももう少ししたら納期が来るので、それまでの辛抱だ。自分に言い聞かせるように心の中で思っていた。


 会社の最寄り駅から電車に乗り、3駅隣。そこで電車を降りて駅を出る。帰り道にあるコンビニに寄ることにする。商品が少なくなった棚を見て、広島風お好み焼きと、缶ビールを手に取った。

 あ、『広島風』って言うと広島の人に怒られるんだっけ。でも商品にはそう書かれてあったので、仕方ないのだ。どうでもいいことを考えてしまった。


 外国人と思われる店員さんにお会計をしてもらって、コンビニを出る。まだ雨は降り続いている。俺は傘を差して帰り道を歩く。このあたりは街灯が少なくけっこう暗い。雨で暗さがより増している気がする。自然と早足になる俺だった。


 コンビニから5分くらい。パラパラと傘に当たる雨音を聞きながら、俺は家のマンションまで歩いてきた。今日も疲れたな、帰って飯を食べて風呂入ってのんびりして寝よう。そう思っていたそのときだった。


(……ん?)


 俺はマンションのエントランス前で立ち止まった。エントランスの明かりが漏れるその先に、誰かいるのが見えたのだ。その人はこの雨の中傘を差していない。うずくまるようにしてしゃがんでいた。


 このマンションの住人か……? いや、それだったらこんなところにいる意味がないよな……なんてことを俺は考えていた。こんなところで何をしているのだろうか。まぁでも俺には関係ないか、そう思い直してマンションに入ろうとしたそのとき、うずくまっていた人が顔を上げた。


 ……男の子……いや、女の子か……?

 エントランスの明かりで見えたその顔は、幼い感じがした。中学生、いや高校生くらいだろうか。ショートカットの黒髪に、白い肌。雨で濡れて髪の毛が顔にくっついていた。


 今の時間は夜の22時過ぎだと思う。こんな時間にこんな学生と思われる子が外にいていいのだろうか。いや、外にいることを全部否定するわけではないが、この子はずぶ濡れだ。そのままだと風邪をひく。傘を持っていないのだろうか。色々なことが頭の中を駆け巡っていた。


「あ、あの……」


 色々と考え事をしていると、その子が声を出した。高い声だ。女の子っぽいな。ずぶ濡れのその子はゆっくり立ち上がった。背は小さい。150センチくらいだろうか。やはり子どものようだ。子どもで、しかも女の子がこんな時間に外にいてはいけない気がした。


「どうしたの? このマンションの子?」

「……あ、い、いえ……」

「……え、どこから来たの……って、ずぶ濡れだけど何してたの……?」


 俺は無意識のうちに、その子に傘を差し出していた。俺の頭や身体に雨が当たる。でもこの子よりは雨に当たる時間も少ない。帰ってからタオルで拭けばいいやと思っていた。


「……あ、歩いてきたら、どこか分からなくなって……」


 小さな声で、その子は言った。この雨の中傘も差さずに歩いてきたというのか。何か事情があるにしても、今すぐ家に帰った方がいいのではないだろうか。


「歩いてきた……って、家は遠いの? こんな時間に子どもが外歩いてたら危ないよ。それにずぶ濡れ――」

「――こ、子どもじゃありません……っ」


 俺の言葉を遮るようにして、その子は言った。子どもじゃない……? ああ、背伸びしたい年頃か。俺も高校生くらいのときは、もう大人になったと思って気分が高くなっていたものだ。この子もそんな感じなのだろうな。


「……まぁいいや、家は遠いの?」

「……たぶん」

「そっか、困ったな……この雨だし歩いて帰るのも大変だろうから、タクシー呼んであげ――」

「――あ、あの、お兄さんの家は……ダメですか……?」


 ……俺は思考が停止した。

 この子は自分が言っていることが分かっているのだろうか。未成年の、しかも女の子が大人の男性に頼ることが、どれほど危ないことか。いや、俺が悪い人だというわけではない。でも、危機感みたいなものが欠落しているのではないかと思った。


「……自分が言ってること、分かってる?」

「……つもりです」

「……そっか、俺が悪い人だとは思わない?」

「……思いません。傘を差してくれました」


 小さな声で言われてしまった。

 雨の降る中、俺は考えた。この子をうちに入れていいものかと。後で親御さんにめちゃくちゃ怒られないかと。この子も、俺も。いや、へたをすると警察沙汰だ。ああ、俺の人生ここで終わるのか……。


 ……って、勝手に自分で終わらせてどうする。少し考えた結果、まっすぐな目で俺を見つめてくるその子を俺の家に入れることにした。


 ――これが、俺とその子の、最初の出会いになった。

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