後悔の筋道
飛鳥
第一話 夢を見てるだけ
都会特有のガス、香水の臭いが身体に染みる。
雲一つない晴天で、ギラギラと直接熱の当たる場所を避け、人々は自然とビルの影に寄っていた。
街中に埋もれるカラオケボックス。
明るい都市とは対称的で、中は全体的に暗く沈んでいる。中では都市とは違ったタバコの悪臭と、トイレの臭いが混在している。
「チッ」
午前十時。
カラオケの開店時間丁度、それに平日であるというのにも関わらず学生が三、四人、入り口の前に屯している。
思い返せばあのとき、今日のバイトを断っておけばよかった。そんな後悔も、今更の話。
「はい、何名様でしょうか。学生であれば学生証を出してください」
淡々と。
「チッ、B-1で予約されているようですが、宜しいですか?」
ーーーーーーーーーーーー
ミートソースパスタ、あっさりラーメン×2、学生ポテトの注文。
男はたった一人で、食品を電子レンジで温める。
出来上がったパスタとラーメンをトレイに乗せ、B-1室へ。
ドアを開けると、聞こえてきたのは歌声ではなく、学生共の叫び声。まるで猿。
「ミートソースパスタと、あっさりラーメンです」
食器をテーブルの上に乗せる。
学生は誰も、ラーメンとパスタが置かれたことを気にしていない様子だった。
あれポテトは?なんて声も聞こえた。
一気に持って来れるわけねえだろ。なんて思いながら、割り箸とフォークを乱雑に、テーブルに投げるように置く。
彼の目には光が反射していない。
髪もよく整えられていない。
細身で、
声も小さく
弱々しく
力が抜けている。
彼の周りには、何か黒い靄がかかっているようで、異様な雰囲気を醸し出していた。
その闇は、一時のものとは思えなかった。
社会に絶望し、社会に殺された人間のよう。
______________________
「お父さん、母さん_____ごめん」
今の時代、高校受験の合否はスマホ一台で確認できるようになっている。
俺は父のスマホを借りて、受験の合否結果を見た。
スマホに現れたのは『不合格』の文字列。
「謝らないで、優」
「お前は頑張ってた」
必死に慰める二人の顔をみて、俺は余計に悔しくなった。悲しくなった。
高校受験に落ちた。
人生で初めて、こんなにも感情が入り混じる、複雑な涙を流したと思う。
「ごめんなさい」
「いいんだ、私立がある」
「大丈夫。大丈夫。」
母さんは、俺に強く、痛いくらいに抱きついた。
ただその痛みが、複雑な感情を抑えてくれる。
ーーーーーーーーーーーーーーー
私立下賀谷高等学校、偏差値は目指していた高校より10低い、46。
人生設計が一つ、狂う。
こんなはずじゃなかった。
家から自転車で1時間。
公立に受かっていれば、自転車で15分。
バスは家計の負担がかかるため、使わせてもらえない。
当然だ。
親も、親戚のおじさんも、お婆ちゃんも、全員『合格』
を前提に話が進んでいた。
落ちたことを報告すると、
大抵「頑張ってね」とか「大丈夫だよ」と優しい言葉を連ねてくれるが、何故だか余計に辛い。
高校に行ったら何をするか。
部活は何に入るか。
中学時代に仲が良かった友達とも、物凄く気まずい。
慰めの言葉も何も、来なかった。
あいつなりの気遣いだろう。そうだとわかっていても、一層心のどこかで悔しさと、孤独感が襲う。
入学式に、友達はいなかった。
知り合いはいたが、言うほど親密な関係ではないし、俺から話しかける程の勇気はない。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「いってきます」
「行ってらっしゃい」
4月14日
初登校日。
緊張と不安と。
少しのプライド。
目指していた高校と十も偏差値が違う。
お前らとはレベルが違う、なんてことを思いながら。
景色が綺麗だった。
8時20分までに来ればよいそうだが、初登校日なので少しだけ早く家を出てみた。
いつもとは違う景色と、新鮮な香り。
意外と遠いのもアリだなと感じた。
ただ、疲れる。
入学式のときに確認した、クラス番号1-2。
一度階を間違えてしまったのだが、なんとかクラスの入り口まで辿り着けた。
クラスの中は美術館のようで、物凄く静かだった。
両隣には女子。前後にも女子。
右斜め前、後ろにも女子。左斜め前に女子。
唯一の周りの男子は、左斜め後ろのやつだ。
辺りを見渡していると、担任の教師が入ってきた。
背の小さい男の教師。
妙に声が高い。
「はいー、みなさんっ、今日からこのクラスで1年間過ごします、秋山真と言います、よろしくお願いしますぅー。」
よろしくお願いします、と返事が疎に聞こえる。
面倒な教師の話が終わり、休み時間に入った。
相変わらず静寂は続いている。
だが、少しずつ声が、聞こえてきた。
「名前なに?」
「そのゲーム好き」
「どこ中?」
「同中いる?」
男子の声が大半だった。
俺も焦って、左斜め後ろの席のやつに話しかけようとしたが、喉が詰まった。
遅かった。
そいつは、既に隣の男子と話していた。
まだ学校も初めだ。焦るまいと、スマホを一人弄る。
そのときだった。
「おい堀谷」
入学式で二番目に話していた、学年主任の体育教師が、俺の苗字を呼んだ。呼んだというより、叫んだ。
「え、あはい」
クラス中のメンバーが皆俺と、学年主任の方に目を向けた。
「何スマホ触ってるんや?!没収や」
「え」
どんどんと音を立てて、俺の元に主任がやって来た。
一瞬スマホを握る手に力を入れたが、あっさりと、スマホは俺の手元から消える。
そうだ。
この学校はスマホ禁止だったのを今更、思い出した。
入学早々、こんな目に遭うなんて最悪だ。
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夕飯のミートソースパスタの匂い。
手作りのパスタは、冷凍とは比にならないほど、うまい。
「疲れた」
俺はソファに全体重を預けながら、そう独り言を呟いた。
「初めての高校、どうだった?」
母がパスタを茹でながら、投げる言葉。
その言葉を、俺は受け取らなかった。
「そんな、べつに」
「そう」
少し、ほんの少しだけ、母の声が弱々しく聞こえたのは、勘違いだろうか。
俺はここではリラックスできなかったので、自分の部屋に戻ることにした。
ーーーーーーーーーー
「岡部はどう?学校」
『どうってなんだよ、まあ楽しいよ』
俺はスマホを枕元に置いて、寝転がりながら電話をした。相手は小学校から、中学まで仲が良かった友達。
俗に言う親友ってやつ。
その親友とは気まずくならずに済んだ。
「そっかーよかった」
『優はどう?』
「どうってなんだよー、まだ友達できてないけど、まあ楽しいよ」
少しだけ、嘘をついた。
『ならよかったわ!私立ってやっぱ厳しい?』
「んー今日スマホ取られてがちでびびった」
『まじかよ、入学早々大変だな』
「最悪すぎたわ、岡部も気をつけな」
『俺の学校はスマホおっけーなんで』
「くそ」
『そろそろ寝るわ、じゃあ』
「おやすみー」
無機質に切れる電話音。
現実に引き戻されたような気分だ。
まだ一日目なのに、すごく疲れた。
遠くに遊びに行った後、みたいな。
俺もそろそろ、眠たくなってきた。
ベットに仰向けになり、目を瞑る。
悪夢だった。
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