復讐吸血鬼に血の薔薇を
本居鶺鴒
第0話 復讐するは我にあり
吸血鬼を殺害することに、最早心が痛まなくなった。
人と同じ見た目をして、人と同じ言葉を紡ぐ。それでも、最近の研究によれば、そもそも人間とは全く別の起源をもつ怪物だという。
人間と同じ食事に加えて、人間の血を飲まなければ生きていけない劣った動物。
新大陸へと逃げ延びた吸血鬼たちが、いつ攻め入ってくるか分からない。その際にこの旧大陸に残った吸血鬼が蜂起したら。そもそも侵攻の手引きをするのではないか。
50年以上前の対吸血鬼との戦争時よりも、吸血鬼への憎悪と嫌悪……そして恐怖が強まっている。
吸血鬼狩りの男、ブルードは吸血鬼駆除を作業だと考えながらも、それでも油断はしていなかった。
人間のそれとは異なった雰囲気に、血のにおいがするという通報。
吸血鬼の疑いのある少女は、一見普通の女の子だ。顔立ちこそはこの国の人間と変わらないが、特徴的な灰色の長髪はどこか移民の血を感じさせる。外国人に対する差別意識から虚偽の通報がされることも多々あるが、今回の場合は本物だろう。
少女はスラム街に隠れ住んでいるらしく、今日はずっと尾行を続けていた。
対象の少女は昼間、何の目的があったのかは知らないがスラム街を出て街中をうろうろと歩き回り、途中で隠し持っていた血液らしき液体を飲むところも確認した。
回転式拳銃と、一応サーベル。それに、学び続けた魔術。
規則通りに同僚の
声を掛けた途端に細い路地に逃げ出したが、既に同僚の二人が待ち構えていたのだ。
声を掛けて逃げ出した以上は、多少乱暴に取り押さえても構わない。
もしもこちらに攻撃してきたものなら。
「っ、いやっ!」
伸ばした手を振り払われた。
この程度ではまだ、こちらから攻撃できないか。軍人として、まだ働き続けなければならない。同僚がどのように報告するか分からない以上は……
ブルードがそんなことを考えている間に、少女を挟んで反対側の同僚が銃を抜いた。
「っ、おい?」
「
慌てて止めようとして、それが間違いだった。
彼が銃を撃つよりも先に、彼の額にナイフが突き刺さる。気が付けば、先ほどまでブルードたちを見て怯え震えていた少女がナイフを突き立てていた。
少女はナイフから手を離し、茫然としていたもう一人の同僚の頭を掴み、足をかけて頭を地面に叩きつける。
ブルードはすぐに銃を発砲。何発も撃つが、少女は身をひるがえして躱しつつ、壁を蹴り、ブルードの真横に移動した。
足をかけられ、踏まれ、ブルードは呻き声を零す。それでもまだ、魔術がある。
少女を睨みつけるが、その途端に口の中にサーベルが侵入してきた。
「づぃ、ぁ」
どうやらブルードの持っていたサーベルを一瞬で抜き取ったみたいだ。
「魔術が使えるの? もし使おうとしたら殺すから。わたしの質問に答えてくれたら、このサーベルを突き立てるのは勘弁してあげるね」
「……」
ひとまず頷く。隙は、見当たらない。
「ロゼ・タナスキアって名前は知っている? ピンクゴールドって呼ばれることもあるみたいなんだ」
「…………」
知らない。しかし、知っているように振る舞った方が生き残れるかもしれない。
口の中のサーベルが僅かにずれて、痛みが走る。それに耐えながら、ブルードは驚いたような表情を作って見せた。知っている人間の名前を突然聞いて、ほんの少しだけ驚く演技だ。
「ふうん?」
少女はすっと目を細めた。サーベルを口から抜いて、けれど首に刃先を突き付けて。
「じゃあ、ピンクゴールドって呼ばれる理由を言ってみてくれる?」
「ああ、その、えっと……確か……」
「うん」
「…………」
「ふふっ。一生懸命考えているみたいだけれど、ロゼにピンクゴールドなんて異名はないんだ。適当なことを言って助かろうとする人が多いからね。期待させて苦しめたのは謝るよ……ごめんね」
「ぁ、待────」
☆
殺害した男の服と武器だけ取って、遺体はそのまま置いておく。
死体を自分で処理しなくても良いと言うのが、わたしが
特別行動部隊の軍服だけは、自分で燃やした方がいい。
もちろん、吸血鬼がスラム街を拠点として軍人を殺していることを、軍は把握しているはず。
それでいい。大勢に包囲されても、勝って見せる。しかし、大勢の人間を投入するよりも、一人の優秀な人間を派遣する方が効率的。来るはずだ。来ないと困る。
ロゼ・タナスキアは必ず殺す。
復讐吸血鬼に血の薔薇を 本居鶺鴒 @motoorisekirei
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