魔法少女ミラクルミレイDX

あきみず

第1話:ようこそ、地獄のOLライフへ!

午前7時半。品川駅のホーム。

スーツに身を包んだ無数の通勤者たちが、まるでプログラムされたかのように列をなし、決まった時間に決まった電車へと吸い込まれていく。

誰もそれを疑問に思わず、一様に疲れ切った表情で、ただ前へと進んでいく。

神崎美玲(かんざき・みれい)、二十八歳。

彼女もまた、その流れに身を投じるひとりだった。

黒髪をシンプルに束ね、シャツの上にベージュのジャケット。

やや緩めのスラックスとローファー。

どこにでもいる普通のOLである。

美玲が勤めるのは、「オプティクスワークス株式会社」。

OA機器などを扱う、いわゆる“地味な”専門商社だが、近年は顧客のDXニーズに対応するためのソフトウェアやアプリケーションの自社開発にも力を入れている。

派手さはないが、真面目な社員が多く、根強い顧客と細やかな取引で着実に成長を続けている。

彼女の日々業務をこなす姿勢もまた周囲から信頼を寄せられていた。


「神崎さん、このファイルって昭和野製作所向けで合ってますか……?」

始業して間もなく、新入社員の**三浦由菜(23)**が申し訳なさそうに美玲のデスクにやってきた。

「うん、大丈夫。でもこのファイル名は昭和野製作所の命名ルールに合わせないと」

「あ……そうなんですね!ご、ごめんなさい……!」

「大丈夫、誰でも最初はわからないことだらけだし。」

優しく答える美玲のディスプレイには、未読メール37件の通知が点滅していた。

机には書類の山。

その内情を知らずに、また一人、通りかかった人物が皮肉を投げかけてくる。

「神崎さん、また同じこと聞かれてるんじゃない?甘やかすのもいいけど、好かれるだけじゃ評価には繋がらないわよ。」

声の主は、中途入社のシゴデキな同僚――堀口梓(28)。

端正な顔立ちと的確な仕事ぶりで社内の評価も高いが、感情を挟まず冷静に物事を割り切る性格は、時に棘を帯びる。

「……そうかもね。でも、新人だし焦っても失敗するだけだから。」

「相変わらず甘いわね。」

鼻で笑いながら梓は去っていく。

その背中を見つめつつ、美玲は届いた大量のメールを処理していくのだった。


そんな慌ただしい午前の終わり、課長の佐伯から声がかかる。

「神崎さん。ちょっと頼みがあるんだけど今時間いいかな?」

「……はい、何でしょうか」

声に出さずに「またか」と呟きながら、美玲は資料を持ったまま立ち上がった。

「例の昭和野製作所が、昨日また“DX”をやりたいって言い出してね」

「……“やりたい”?」

「うん。“何か”を変えたいらしい。メールも届いたが、内容を要約すると『デジタルで効率化したい』だけ。……具体的なことは、何も書いてない」

思わず目を伏せたくなる案件だった。


昭和野製作所は、都内の町工場では名の通った老舗だ。

精密機械の部品においては圧倒的な品質を誇り、長年の信頼も厚い。

熟練の職人の手によりμ(ミクロン)レベルの精密加工までできる。

しかし、社内のIT環境は壊滅的だった。

注文はFAX、資料は紙。

メールの返信も遅く、メールを送信すると高確率で電話がかかってくる。

先方の百々(どど)社長は頑固一徹な職人気質な人物である。


佐伯はさらに続ける。

「あと、来週にはラフレスタの広報と打ち合わせがある。そっちの資料も、頼めるか?」

「ああー……ラフレスタも来るんですね……」

株式会社ラフレスタ――健康と美容をテーマに、サプリメントやスキンケア商品を展開するスタートアップ企業だ。

設立からまだ5年目だが、SNSやインフルエンサーを巧みに使い、瞬く間に業界の注目株となった。

だが、そのスピード感は、時に“混乱”を生む。

決定事項が翌日には覆され、午前に依頼された仕様が午後には変更。会議はチャットベースで進行し、正式な議事録はない。

彼らの広報は勢いはあるが悪い意味でも臨機応変で「そちらは、当初の契約に書いてないですよね?」という一言で全てが振り出しに戻ることも多かった。

(この二社の担当は、精神的にキツい……)


夜、時計の針は22時を回っていた。

ようやく退社し、帰路についた美玲は、自宅の最寄り駅に降り立つ。

駅前のロータリーはすでに人もまばらで、街灯が淡く照らしていた。

そのとき――彼女は目を疑った。

「……あれ……? あの背中、百々社長……?」

ロータリーの向こうに立っていたのは、スーツのスラックスに、軽く油じみのついた作業着の上着を羽織った男の姿――昭和野製作所の百々社長だった。

何か様子がおかしい。

うめき声を発しており、声をかけるか迷っていたとき

「ぐぉおおおおおぉぉぉ……!!」

咆哮とともに、作業着が引き裂かれ、筋肉が不自然に肥大化する。

全身から滲み出す赤黒い光が空気を揺らし、髪は逆立ち、目は紅に染まる。

「どいつも根性が足りねぇ、この社会に、足りねェのは根性だああああ!!昭和の圧力(プレッシャーオーラ)!!」

地鳴りとともに、周囲に奇妙な波動が広がっていく――それは、見る者の心に重くのしかかるような、異様な圧力だった。

「な、なにこれ……身体が…、動かない……!」

通行人たちが立ち尽くし、ひざをつき、頭を抱えて倒れていく。

彼らの目は虚ろで、明らかに“やる気”を吸い取られていた。

もはや正体不明の存在と化した百々が、叫ぶ。

「スマホなんぞに頼らず、地道に努力しろォォ!! 俺たちの時代はなぁ、三日三晩寝ずに働いたもんだ!」

絶望の波が押し寄せ、美玲もその場に膝をつく。


圧力にやられそうなとき、白くて小さな影が、彼女の前に飛び込んできた。

「ぴょーん! ついに出番でしゅ!」

それは、直径30cmほどの、白くて丸い生き物。

ハムスターとウサギの中間のような姿に、宝石のような瞳がキラリと光っていた。

「……え、えぇ!? なにこの生き物……しゃべってる!? え、しゃべってる!?」

「ワタチはペンデュルンでしゅ! 魔法少女のサポート妖精でしゅよ~!」

「ま、まほうしょうじょ!?」

「そうでしゅ、美玲しゃん。美玲しゃんには、闘う勇気がある。社畜じゃない、戦士の心があるはずでしゅ!」

そう言うや否や、ペンデュルンは小さな前足を空に向けて振り上げた。

「今こそ変身でしゅ! 社会の理不尽に、愛と書類とハンコで立ち向かうでしゅ!!」

まばゆい光が美玲を包み、スーツ姿のOLはピンクの魔法衣装へと姿を変える――。

ゴールドのブローチ、白いショートブーツ、紺色のリボンが鮮やかに映える。

胸元には、社員証そっくりのIDカード型チャームが青く光っていた。

「変身……しちゃった……!?」

「そうでしゅ! 美玲しゃんは今日から、魔法少女ミラクルミレイでしゅ!!デジタルの力で契約を取って怪人ドドゲラを倒すでしゅよ!!」


美玲は昭和の圧力(プレッシャーオーラ)に耐えながら、ぎゅっと拳を握りしめた。


――いやいやいや、ちょっと待って。

なんで私、スーツからフリフリの衣装になってるの?

この生き物は何? なんで社長が怪人化してるの?

ていうか魔法少女って……愛と書類とハンコって何!?


混乱とツッコミが頭の中で嵐のように渦巻く中、

ドォン!!

ついていけない美玲の頭上で、さらに爆音が響きわたった。


次回、魔法少女ミラクルミレイDX!

「第2話:!昭和の圧力!?プレッシャーオーラとの戦い!」

社会の理不尽、私がきっちり最適化します!

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