緑色の言葉で銃を捨てる

ぎん

第1話 壇上の輝き、地面の影

***

 あるアジトでの話である。

「うわっ、やっぱダメかー。何でだ?」

 真っ暗で小さな部屋の中で、風間陽翔かざまはるとがパソコンを眺めていた。

「……どう、上手く行ってる?」

 自分でない声が聞こえて、陽翔は顔を上げた。細身の青年がするするとはしごを降りてくる。朝倉柊斗あさくらしゅうと、この組織のリーダーだ。

「柊斗! ちゃんとアップ出来た、とは思うんだが」

「見せて」

 柊斗はパソコンの画面を覗き込んだ。白い画面に灰色の文字で、『通信は無効化されています』と書いてある。柊斗の顔が少し曇った。

「だめか……これじゃあ発表出来ない」

「やっぱり先生たち、妨害電波でも出してんのか? 校内で軒並み電子機器使えねえし、おかしいとは思ってたんだよな」

「そうかもね。さて、どうしようか……」

 柊斗はふと気が付いたように立ち上がって、ホワイトボードに紙を張り付けた。どうやらこの学校の地図のようだ。真ん中に高校のマークが書いてあって、その周りに店舗街が囲み、さらにその外側に海が広がっている。

「妨害電波の外に出られればいいんだよね。この島って脱出できるのかな?」

「だ、脱出⁉ でもカメラとかセンサーとかたくさんあるぞ」

「そうだね。でも僕の能力と、いくつか薬品があれば、もしかしたら……」

 柊斗は暗闇の中でほほ笑んだ。面白いことを考えているようなその顔を見て、陽翔はため息をつく。こうなってしまったら最後、もう止めることはできない。柊斗が呟いた。

「さて、自由を手に入れようか……」

***

「この学校は軍事施設だ! お前たちは卒業後、速やかに従軍してもらう!」

 騙された。この学校に入学した直後に言われた言葉に、私は茫然とした。私の受験勉強は何だったんだろう。国家公務員育成校だというから頑張ったのに。軍人になりたいだなんて一言も……。不満げな顔をしていたのだろう、目の前の教師が言った。

「おい、紺野紬こんのつむぎ! 何か言いたいことでもあるのか?」

 その手に光るムチを見て……私は口をつぐんだ。背筋が凍る。逆らわない方がいい、と本能が告げていた。慌てて、いえ、と言うと先生はにっこりと笑った。

「よし! では学校を案内しよう!」

 猫なで声。吐き気がした。

そこからはまさに地獄の日々。私たちは不思議な『能力』を付与された訓練兵となった。来る日も来る日も能力を使う訓練と、銃を使う訓練。辛くて逃げだした子ももちろんいた。でも無駄だ。逃げだした子はもう二度と戻ってこない……。私たちはいつしか、逃げ出す気力も失っていった。

 でも、唯一良かったことは、先生に従順にしさえすればかなりの自由が保障される、ということだ。店舗街で買い物が出来たり、部活動が出来たり、あとは……夏休みがあったり。

「これから始まる夏休みは、皆さんの能力を向上させる良い機会です。そして、共に、国のために尽くせる人になりましょうね」

 エアコンが効いた体育館の壇上で、一人の女子生徒が話していた。真っ黒な髪に陶器のような肌。思わず目で追ってしまうような、不思議な魅力を持っている人だった。……能力の向上、ね。私は手を開いて、握って、もう一度開いた。火も出ないし、水を操れるわけでもない。胸の底がすっと冷えた。

「それではこれで挨拶を終わりにします。生徒会長、篠原瑠璃しのはらるり

 体育館を割れんばかりの拍手が包み込んだ。さすが会長さんだ。私と違ってきらきらしてて、自分の言葉でちゃんと話せて。みんなの憧れの的。監視カメラの視線すらも奪ってしまうようだ。私は思わず地面を見つめた。

 その後のホームルームの時間はすぐに終わった。帰省は禁止されてるし、基本的に島の外に出ることは出来ない。先生は体力づくりに励むように、とだけ口酸っぱく言っていた。それ以外言うことが無いんだろう。

 チャイムの音が鳴ると同時に、学級委員長が声を上げた。

「あ、ねえねえ、みんなで学食行こうよ!」

 何人もの生徒が賛同の声を上げる。私は……どうしよう。午前中にあった体育と能力強化の授業のせいでお腹はすいている。でもこの後は部室に行きたかったんだよな、ここで断ったら……いや、でも……。

「紺野さんは行く?」

「え、えっと」

 大勢の視線が私を刺す。冷たい、氷のような視線。背中に寒気が走って、それ以上は何も言えなかった。話しかけてくれた子が申し訳なさそうに言う。

「あ、ごめんね! 来たかったら来る、ぐらいでいいから! じゃあ、先に行ってるね」

 私から逃げるように立ち去ってしまう。また、やっちゃった。せっかく話しかけてくれたのに。自然とため息が出た。もういいや、部室行こう。私は席を立った。

 部活動棟に入って廊下をまっすぐ進むと、小さな教室についた。ここが私の城。『文芸部活動中』の札を出して、私は床に寝転がった。木のひんやりした感触が心地いい。

 ごろごろと転がって、棚から原稿用紙の束を取り出した。どっしりと重い。入学してからコツコツ書き溜めた作品、100人の囚人が監獄から脱出する長編サスペンスだ。やっぱり、こういう作品の設定を考えるのが一番楽しい。私はノリノリでシャーペンを出して、続きを書き始めた。今からスリル満点の脱出シーンを書くんだ!現実で出来ない分、紙面上では出来るように!

 どれくらい時が経ったのだろう、気が付いた時には夕日が差し込んでいた。慌てて時計を見ると午後四時。やっちゃった。やりたいことは他にもたくさんあったのに、何にも出来なかった。私は壁を見る。部員のネームプレートはたった一つ、私のものだけ。とってもすがすがしい。ひそかに笑って、部室を後にした。


 数日後、私は職員室を訪れていた。原稿用紙の束を持って。だが、先生が言った言葉は私の予想を裏切るものだった。

「うーん、ちょっと難しいかもねえ」

 えっ、と胸を突かれたような声が出る。

「む、難しいって、何が……ですか?」

「だから、この話、文芸部誌に載せるのは難しいかもね、って。部誌に載せるにふさわしい話じゃないよ」

 先生は無造作にそう言った。手元に戻って来た原稿用紙の束を手に、半分泣きそうになりながら、私は答える。

「で、でも、私、この話を書くために何か月もかけて」

「ごめんねえ」

 それ以降、言葉が返ってくることは無かった。

 失礼します、とかすれた声で言って、廊下をとぼとぼ歩く。何台もの監視カメラが私の姿を追ってくる。いつもなら何にも感じないのに、今は叫びたい気分だった……こっち見ないで、って。

 何がいけなかったんだろう。私は手元の原稿用紙をしげしげと眺めた。ずっと部室に置いていたせいか、日に焼けて黄色くなっている。それが何となく悲しくて、そっと紙を撫でた。

 まさか先生が反対するとは思わなかった。たった一人でも、部員は部員。学校側の許可が下りなければなにも出来ない。こんな学校でも、そこは譲れないらしかった。

どうしてだめだったんだろう。「部誌に載せるにふさわしい話じゃない」って、どうして? 生徒が頑張って書いた物語を、部誌に載せちゃいけないの? 納得できない。でも、私の口からは何も言えなかった。それもまた、悔しい。

 本当に、嫌、だな。こんな私は。自分の思っていること一つ口に出せないで。……私は俯きながらふらふらと寮へ向かった。

 この時間、寮は閑散としていた。生徒はほとんど校舎や部活動棟にいるらしい。私はぼふんっとソファーに腰を下ろして、西洋風の暖炉をぼんやりと見つめる。火は当然ながら燃えていない。ススまみれで真っ黒だ。

 しばらくそのままぼうっとしていたが、手元にかさばる原稿用紙が気になって自室に戻った。どっと重い疲れだけが残っている。原稿用紙を雑に机の上に置いて、ベッドの上で目をつぶった。闇。真っ暗で、光は届かない。そのまま私は眠りについた。

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