浜辺のスローライフ~カニさんたちとの異世界生活日誌~

かにすごくうまい

第1話波にさらわれて

7月7日(晴れ)




私の名前は磯野 恵(いその めぐみ)。


海辺の町に住む、ごくごく普通の高校生だ。




ちょっとだけ、人より変わってるって言われるところはある。


たとえば――海をぼんやり眺めるのが好きだったりとか。


でも、それ以外は本当に普通。部活もしてないし、成績も平凡、友達もそこそこ。




今日は七夕。


短冊には「ずっと平和に暮らせますように」なんて、ありがちな願いを書いた。


それから、いつも通り家に帰る途中で、海岸に立ち寄って、ぼーっと波を眺めていた――その時。




ザァッ……パァァァッ!




目の前の波が、虹色に輝き始めたかと思うと――急に私のほうに迫ってきた!




「えぇ!? なにこれ!? ちょ、来ないで来ないで来ないで~~っ!」




逃げる間もなく、私は波にさらわれてしまった。




* * *




不思議なことに、波の中は息苦しくなかった。


水の中なのに、ちゃんと呼吸ができる。しかも、やたらキラキラしてて、きれいだった。




ふと、目の端に変な光景が映った。


……ものすごく大きなカニとヤドカリが喧嘩(?)してる?




なにこれ、深海バトル?




そんな不可思議な世界を通り抜けた先――


私は、白く輝く砂浜に打ち上げられていた。




起き上がって、周囲を見渡してみる。


さっきまでいた海岸とは、明らかに景色が違う。




砂浜はサラサラの白砂で、海はエメラルドグリーン。


熱帯植物らしき森もあるし、どう見ても南国の楽園っぽい。




「……これって、外国に流れ着いたのかな?」




いや、でも……。


服は濡れていないし、あの虹色の波、どう考えても自然現象じゃない。




「もしかして、これ……異世界!?」




見知らぬ土地にたった1人これからどうすればいいの?急に込み上げてきた心細さで、涙が溢れそうになった。ーーその時。私の周りに、ふと、小さな影が集まってきた。




――カニだ。




手のひらサイズの、小さなカニたちがぞろぞろと寄ってくる。


何気なく見つめると、なぜか頭の中に情報が流れ込んできた。




【コメツキガニ】


・スナガニ科の小型のカニ。甲幅1cmほど。


・干潟で砂をこしとって食べ、「砂団子」を作る。


・食用には向かない(可食部がほとんどないため)。




「……えっ? カニの情報が、読める?」




私はカニに詳しくないし、こんな細かい知識、絶対知らない。


でも見ただけで、わかる。表示される。




これはもう完全に――異世界ファンタジー仕様ってやつだ。




「でも、どうしてカニ限定の能力なのよ……


 せめて魔法とか、ビビッと出せる能力がよかったなぁ……」




と、ふと表示に違和感を覚えた。




「……甲幅1cmって書いてあるけど、どう見ても手のひらサイズなんだけど?」




しかも、どんどん数が増えてる!




「ま、まさか私を……食べようとしてる!? ぎゃあぁぁっ!」




「たべないよー」


「砂浜でねてるとあぶないよー」


「ぼくらがまもってあげるよー」




――え?




確かに聞こえた。声が。




……いや、頭の中に直接響いてきた。




慌ててカニたちを見つめると、ハサミをカチカチ動かして、何か一生懸命伝えようとしている。




「きみがすきー」


「だいすきー」


「すな、いる?」




――可愛い。




なんかすごいことになっちゃった。


でも、少し怖くて、少しワクワクして、でもすごく――優しい世界かもしれない。




「……私、もしかしてカニと話せるの?」




「しゃべってるよー」


「たのしいねー」


「おともだちー!」




ああもう、完全にとんでもない異世界に来てしまったらしい。




でも――


ここから始まるのかもしれない。私と、カニたちとの、スローで不思議な異世界生活が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る