はじまりのあと ③
クラスメイトたちの訝しげな視線を受け止めて、夏希は説明していった。
賢い彼女はこの『鬼』の現象に攻略法があることを見抜いた。
誰しもこの『鬼』を
だからきっと今までの生徒たちは、それを隠して押し付け合ってきた。
しかしこの『鬼』は、
逆に言えば、一週間なら誰でも我慢できる。
あたしたち一年一組のクラスメイトは、総勢で三十四人。
あたしを抜いた三十三人で一週間ごとに回し合う。そういう約束事にすれば、少なくとも三十三週間は誰も『鬼』で苦しめられることなく過ごせる。
あたしたちのクラスだけでも、皆で協力すれば半年以上無力化が出来る。そしてそれを出来ると証明すれば、きっと学園の生徒たち全員が手伝ってくれる。
そうすればこの『鬼』なんて、あってないようなもの。
あんなことに人生を支配されるなんて下らない。自分たちが協力しさえすれば、勉強だけに逃避する以外にも色々なことが出来るようになる。折角の友達たちと腹の探り合いみたいなことをせず、今度こそ伸び伸び仲良く学園生活を送れる。
僅かに声を震わせながらも、夏希は切実に訴えかけた。
クラスメイトたちは少しも無駄口を挟まなかった。
時折、小さく頷く子さえいた。
彼らの目は真剣そのもので話を聞き続けてくれた。だから最初は緊張を滲ませていた夏希も、段々と口元に微笑みを浮かべる余裕さえできていく。
今や随分と余所余所しくなった一年一組の教室の中で。
入学当初のような和気あいあいとした空気が復活し始めた。
そう。皆だって、怖かっただけなのだ。
意味もなく誰かをいじめる子なんて、美成瑚にはいない。
本当に夏希は――どこまでも真っ直ぐで、格好良くて、素敵な子だった。
だから彼女は、人間の愚かさというものを、理解出来ていなかったのだろう。
綻びが出たのは、それではどの順番で『鬼』を回していくか、というところまで進んだ時だった。まずは一週間、自分が『鬼』を務めるといった夏希。それからはクラスの出席番号順に進めていくのはどうかと提案したその時――口を開く女の子がいた。
「私もやるよ。夏希の次の人が、きちんと受け入れるなら」
あたしたちのグループから一番最初に抜けた、篠崎さんだった。
それを皮切りに、クラスの皆は口々に承諾の意を示した。
ただし、全員がある条件付きで、だった。
夏希がこなした後に、最初に『鬼』を
出席番号一番、石田博彦。
石田くんは青白い顔をしていたけれど、
「わ、わかった。…………僕も、やるよ」
「へえ、さすがだね。優等生」
篠崎さんが、少し含みのある言い方をしていたのが気になった。
それで夏希が『鬼』をする一週間のうちに――石田くんは登校してこなくなった。学校には必ず病欠するという電話はきているらしいけれど、連絡がつかなかった。
すぐに石田くんが『鬼』になるはずの日がやってきてしまった。
結局、石田くんは学園に現れなかった。
夏希は再びクラスメイトたちの前でお願いをした。
石田くんが病気で出てこれない以上、出席番号二番目の人から始めるのはどうか。それを最後まで言い終える前に、篠崎さんは口火を切った。
「夏希さん、話が違うよ。私たちは出席番号一番の人が協力したら、って言ったよ」
「でも、石田くんは、病気でずっと休んでるから――」
「それじゃあ、石田くんの病気が治って戻ってきたらじゃないかな。ね。そうだよね。優等生が帰ってこないんならさ、私たちだって始められないもん」
――そんなのを待っていたら、実害が出てきてしまうじゃないか。
篠崎さんだって、それが分かっていないわけではない。
だから、つまり、そういうことなのだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ篠崎さん、そんな――」
話を聞いてもらおうと夏希が手を伸ばした瞬間。
ばちん、と篠崎さんは思い切りその手を振り払った。
汚らわしいものから距離をとるかのように。それから続けて、
「最悪。触らないでよ――『れいちゃん係』は夏希さんがやり始めたことでしょ。だったらあなたが最後まで面倒見てよね。誰かに押し付けるなんて無責任よ」
あたしはその言葉に気が遠くなった。
「篠崎さん、なんてことを――」
そう掴みかかろうとする夏希を止めるので、精一杯だった。
あたしなんかのために、夏希の善性を貶められるのは死んでも嫌だったから。
それなのに篠崎さんは教室の扉を開けた後、大きく息を吸って、
「やめて!! 夏希さん、殴らないで!!」
廊下中に響き渡るほどの大声で、そう叫んだ。
飛んできた生活指導の先生に、有無を言わさず夏希は連れて行かれた。
後から聞いたところによると――夏希は生徒指導室で事の次第を訴えたものの、訳のわからない言い訳をするな、と一方的に怒られるだけだったそうだ。高潔な美成瑚にふさわしくない者は出ていってもらう、と退学をちらつかせもした。
ひたすら徹底していた。何も言うな、問題を起こすな、と。
そして教室に残されたあたしには、味方が誰もいなかった。
ひりついた空気を打破してくれそうなタカシはそっぽを向いて黙り込んだままで、周囲に軽く目配せをした篠崎さんは何事もなかったかのように複数人を引き連れて帰っていく。それに合わせて他の者も、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
これが、クラスメイトたちの総意だった。
お前だけが苦しめばいい。
そう言われている気がしてならなかった。
あたしたちは、どうにか石田くんに戻って来てもらおうとした。
それさえしてくれれば、すべては上手くいうというのに。
夏希は、責任を感じていたようだった。
自分の進め方がまずかったからこうなった、と頑なにあたしに『鬼』を返さないまま、夏希は石田くんへの連絡を試み続けた。見る見る間に消耗していった。心配で心配で何度も「あたしに戻して」と言っても聞いてくれなかった。
石田くんのお家は、お母さんとおじいちゃんの三人で暮らし。
お母さんは仕事でほとんど家におらず、おじいちゃんが家にいることが多い。
電話に出るとしたらおじいちゃんばかり、しかも夜は電話線を抜かれているんじゃないかというくらいに電話が繋がらなかった。時折出たとしても強い訛りで「ここには博彦はおらん」の一点張り。どうかそれが嘘でありますようにと願うくらしかできなかった。
もしも本当に石田くんが貴杭から逃げてしまったのだとしたら――。
あたしたちはもう、手段を選んでいられなくなる。
それはとても、恐ろしいことだった。
すぐに同級生たちにすら遠巻きにされるようになった。
あたしも夏希も、気軽に話せる相手はもうお互いだけとなった。
だからあたしと夏希は、長い休み時間になると人目を避けるかのように学内を歩き回るか、もしくは三階北の奥にあるトイレで時間を潰すようになっていた。
夏希は『鬼』の恐怖を誤魔化すかのように、たくさん喋った。
あたしはそれで気が紛れるならと、いくらでも付き合った。
それで、夏希はある時、こんなことを話し始めた。
「あの七不思議ってさ、結局、全部この『鬼』に纏わるものだったんだよ」
「……え、それって、どういうこと?」
――一つ 三階北の奥のトイレですすり泣く声が聞こえる
「歴代の『鬼』になった人が、辛くてここでこっそり泣いてたんじゃないかな」
「……たしかに。あたしも独りだったら、そうしてたかも」
――二つ 校舎裏の祠でふざけると死んでしまう
「きっとこの『鬼』もさ、あの祠に祀られてるっていう鬼が由来でしょ」
「……こんな因習がずっと残っちゃうくらい、やばいってこと?」
「うん。そんなのに祟られたら、きっとすぐ死んじゃうよね」
――三つ 放課後に学内で一人で眠った子の元に鬼が来る
「あたしが
「きっとね。もしもれいちゃんだって知ってたら、気をつけたでしょ」
――四つ 開かずの間には、学園で死んだ子たちのお墓がある
「開かずの間の中は、見ることが出来なかったけど……」
「でも、こんな最悪な因習があったら、自殺を選ぶ子もいただろうし」
――五つ 学園の敷地内で鬼ごっこをしたものは呪われる
「……夏希。これ、当事者なら、嫌になるくらい分かるよね」
「うん。本当に『鬼』で困ってるのに、目の前でそんなことされたら……呪っちゃう」
「だよね。なんだったらあたし、勝手に参加して
「ああ。そういうことも有り得るか。名案だね」
――六つ 卒業するまで鬼だったら、その子は死ぬ
「…………これは、あたしは、違うって信じたいんんだけれど」
「どうだろう。このままずっと『鬼』で居続けたら――分からないかな」
――七つ 七不思議を全てを知った子は鬼に狙われる。
「それで、最後のこれが問題だと思うんだ」
「問題? あたしたちはもう、すでに『鬼』なんだから、別に」
「うん……。でもこれってさ、逆に言ったら――」
夏希は内緒話するかのように、小さな声で続けた。
この美成瑚の七不思議は――。
ここで脈々と『鬼』の押し付け合いが発生し続けてきた確かな証拠で、なおかつそれ自体が『鬼』を
「『鬼』になった生徒を、追い詰める……?」
新たに入ってきた生徒が学園で過ごせば過ごすほど、その七不思議を知る者は増える。知られれば知られる程、『鬼』は誰かに
だから新しく入ってきた、何も知らない一年生を狙う。
「それこそ、れいちゃんみたいな子をね」
『鬼』になった者は、時間が経つほどに『鬼』を長く続けざるを得なくなる。
まるでそうさせることが目的かのような、七不思議の存在。
あたしは夏希の言いたいことが分かってきた。
「この、七不思議をすべて知った子は鬼に狙われる、っていうのは」
「うん。全てを知った生徒は、他の人達に『鬼』の危険性を言いふらしちゃう可能性がある。それは『鬼』にとってすごく不利。だから、昔の『鬼』たちは、七不思議を知ったかもしれない人たちを――無理やり、なんてことが、あったのかも」
その時の彼女は、どこか乾いた表情を浮かべていた。
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