第14話:カルトよさらば
前回と同じく1938年3月のことである、オトポールに於いてユダヤ人難民が満州国に逃げ込む前にある立法が行われた。通称、「カルト撲滅法」である。それは一見、思想の自由と相反するものに見えたが、その立法目的は明白であった。一応は国教とされていた国家神道ですらもその法律に絡め取られる形になったのだから、推して知るべしである。通称、「教部省分離令」と称されたそれは、「国家神道とは即ち念仏仏教であり、その起源は一向一揆に遡る。偉大なる帝国臣民を一揆の先兵などにしてはいけない」と題される匿名の投稿文書が公開されたその一文は、浄土真宗にとって非常に都合の悪い文書であった。当然、彼らはもみ消そうとしたがタイミングが悪すぎた。なにせそれは、カルト撲滅法の翌朝の朝刊に掲載されていたのだ。皇室を傀儡とせんと企んだ浄土真宗には、当然手厳しい罰が降った。見せしめの意味もあったのだろうが、事実上の仏教解体令であった。その仏教解体によって法難を受けたのは、浄土真宗の他には法華宗がそれに当てはまった。何せ、この二つの宗教は古くから過激とされていた宗教である、むしろ今まで罰が降らなかったのが奇蹟とすら言えた。浄土真宗は巧みに弁舌を行うも、その全ては逆効果であった。何せ、彼らが何故国家神道の甘い汁を貪れたのかと言えば、毛利家に味方したからである。その藩閥政治は最早無く、浄土真宗の寺は全て破却されることとなった。一方の法華宗は新興宗教の母体となることが多かったため監督不行き届きとして罰せられたのだが、法華宗の寺自体は、一部の例外を除き解体処分までは受けなかった。とはいえ、この「カルト撲滅法」が新興宗教や新宗教の類いに大いに向かい風になったのは事実であり、そしてカルト撲滅法はこの後最も峻険たる面を明らかにした。……伝統神道を含めた神社系列およびそれに類いする末寺以外の、即ち事実上の宗教団体の保護の撤廃である。一応、神社は末社に至るまで保護の対象であるとは銘打たれたものの宗教法人というものが公文書によって廃止された瞬間であった。
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