第6話:第二次赤軍亡命

 1937年6月、梅雨も未だ始まらない上半期の話である。3月に引き続き、赤軍の重鎮が大日本帝国に亡命を行ったという一報が首相官邸を飛び交ったのは、既に満州国に赤軍の武装なき軍勢が到着した頃のことであった。何せ、当初ソ連軍の大規模攻勢かと勘違いした関東軍が銃を向けた際に、「我々は亡命者である、武装はしていないので満州国に滞在させて欲しい」というのだからその困惑ぶりはお察し頂けるだろうか。


「これで、全員かね?」

 亡命者のリストをざっと見渡すのは、拓務省幹部として抜擢された石原莞爾。何故彼が拓務省に抜擢されたのかはわざわざ理由を紙面を重ねずとも間違いなく明らかであったが、この際今はどうでもよかった。何せ、その亡命者リストにはトハチェフスキーを始めとした大幹部からカラシニコフといった若手に至るまで、多士済々の赤軍将校が名を連ねていたからだ。B5の紙でまとめたリストは軽く冊子になっていたほどだ、石原莞爾が当惑したのも無理はない。

「代表はトハチェフスキーを名乗っており、是非とも受け入れて欲しいと言っておりますが……」

 恐る恐るといった様相で問いかけるは、辻政信。それに対して石原莞爾は、

「いいだろう、石頭どもにはいい薬になるだろう」

と返すのだった。

「よろしいので!?」

 石頭が誰なのかはさておいて、莞爾は自身の裁量だけでは説得材料に不十分かと思い直し、

「ああ、宇垣閣下も「敵を知り己を知れば百戦あやうからず」と言っていただろう。どうしても上の判子が必要なら、まず首相を説得してみる」

と重ねて告げるのだった。

「畏まりました、それでは」

「さーて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 そして、話は正午を跨いで首相官邸にて。

「何?満州の拓務省から連絡?」

「ははっ、何でも赤軍の将校が大勢亡命しており、それを受け入れたから本国でも検討してくれ、との由にございます」

 それは、間違いなく満州という土地が五族協和の根源であるという証明であった。、「自由と平等の国」とは違い、この時期の満州帝国は本当の意味で人民の平等が保障された楽園であった。それは大日本帝国の德による政治の結果とも言えるだろう。

「……ま、いいんじゃないかな」

「ああ、儂も異存は無い。首相は?」

「おいおい、私に聞くかね。答えは勿論、「Даいいですとも」だよ」

「ははっ、ではそのように」

 後に、帝国陸軍の戦闘教義を一新する「ロシアン・ショック」が起きるのは、彼らが亡命してきたからこそと言われている……。

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