邂逅のファシリテート

猫柳蝉丸

本編

 時に2025年七の月!

 突如茨城上空に巨大生物が出現した。

 全長五十メートルを下らない強固な外殻を有した巨体は人々を威圧し、恐怖させた。

 しかも人々の予想を覆し、巨大生物は日本語を解し周囲に呼びかけを始め、その現象は人々を更に恐怖させることになった。

 この事態を重く見た日本政府はやり手の交渉人である佐藤良太(38さい)に巨大生物との第一次接触を依頼。

 日本の……、否、世界の未来は佐藤良太(38さい)の交渉に一任されることとなったのだった……!



     ☆



「当方にはそちらと話し合う準備がある! そちらの要求があれば遠慮なく言ってほしい!」


「そうだな……。まずはずっと空を飛んでるの疲れるから海に降りていいかな?」


「待ってくれ! その巨体で海に降りられると各地に大きな被害が出る! どうかこちらが誘導する場所まで移動してくれないだろうか」


「そんな場所があるのかい?」


「ちょうど海沿いに中規模なスタジアムがある。まずはそちらに着陸してくれないだろうか」


「了解した。こちらもそちらとは穏便に話をしたいからね」



(約三十分後)



「こちらの誘導に従ってもらい感謝している。どうもありがとう!」


「いやいやこちらこそ。もう少し穏便にこちらに来られればよかったんだけれど、転移の座標を少し失敗してしまったみたいでね……。何はともあれ無事に着地できてよかったよ」


「…………」


「どうかしたのかな?」


「いや……、日本語がお上手だと思ってね。高性能な翻訳機でもお持ちなのだろうか?」


「ううん、こちらの世界に転移する前に勉強させてもらったんだ。これから話し合いをする相手なんだからね。それくらいはしておきたいじゃないか」


「立派な考え方だ。私も交渉人ではあるが、四ヶ国語を覚えるくらいがやっとでね。その姿勢は見習いたいよ」


「それはお互い様だね。まさか私のような巨大生命体と早速交渉してもらえるとは思っていなかったよ」


「それは日本の文化だろうな。我が国には巨大な生き物とはまず話し合う創作が多くてね、自分でも驚くほどにそちらとの交渉に拒否反応が出なかったよ」


「何よりだね。そうだ、君の名前は何だろうか?」


「私は佐藤良太。しがない役人だが他国との交渉にはたまにこうして引っ張り出される仕事をしている」


「大変だね」


「大変だが、やり甲斐もある。双方にとって得のある交渉を纏められた夜の晩酌が美味くてね、あれは筆舌に尽くしがたい」


「日本のお酒か、美味しいらしいね」


「この交渉がまとまったら振舞おう。もっとも、そちらの口に合うかは分からないが……」


「大丈夫。何度かある筋から手に入れたお酒を飲んだことはあるよ」


「それはよかった。量を用意できるか分からないが上に掛け合ってみよう。それとそちら……、そちらを何と呼べばいいか尋ねてもいいだろうか?」


「あれっ? ボクが何者なのか分かってなかったのかい?」


「……? すまない。どうにも心当たりがない。失礼だがそちらは有名な神霊か何かなのだろうか?」


「おかしいなあ、ほとんどの日本人はボクのことを知っていて、かなり話題にされていると聞いていたんだけど……。そうだ、ボクの目的を聞けば分かるかもしれない」


「何だろうか?」


「ボクはね、君たちと火星開発を協力し合うためにこちらに転移してきたんだ。昔、君たちの先祖とそういう契約をしていたんだよ。七月に訪ねるとも言っておいたはずなんだけど」


「七月に火星開発……? ……あっ」


「分かってくれたかな?」


「アンゴルモア大王……! ノストラダムスの大予言の……!」


「そうそれ! 分かってくれたみたいで何よりだよ」


「いやいや、確かに今は七の月だけど大予言では1999年だったはずだ、大王! 今は2025年!」


「そうだったかな? まあそんなに離れてないと思うけれど」


「大王タイム凄いな……、26年くらい誤差なのか……。まあそれはいいとしてどうして日本に? ノストラダムスの大予言でしょう?」


「えっ? この世界でボクについて一番語ってくれていた国はこの日本国だろう? だからまず訪ねさせてもらったんだ」


「まあ……、それは……、主にある二人の作家のせいで……うん……そうだな」


「それでどうだろうか? 君も明日から火星開発に協力してくれるかな?」


「いいともー! ってうわっ、つい言っちゃったよ。この大王、だいぶ日本文化に詳しいぞ……」


「あはは、まあ無理強いはしないからさ、検討してみてよ」


「……善処する」



     ☆



 こうして日本国とだいぶ遅れてきたアンゴルモア大王の第一次接触は終わった。

 アンゴルモア大王の言うことに寄れば、この世界の火星には別次元に繋がる扉があり、それを開発することが双方にとって大きな利益となるらしい。

 その後、アンゴルモア大王と佐藤良太(38さい)の長く苦しく楽しい付き合いが始まるのだが、それはまた別の話だ。

 ただ晩年、佐藤良太(128さい)がアンゴルモア大王との日々を語っていたことだけは追記しておく。

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邂逅のファシリテート 猫柳蝉丸 @necosemimaru

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