第2話

 ガシャリ、と鉄同士がこすれるような音が響く。

 音を鳴らしたのは警官の制服を身にまとった赤髪の青年。

 青年は鎖を全身に巻かれ、椅子に縛り付けられていた。


「――てっめえ、ソウトはどうした!?あいつに何かしたらただじゃおかねえぞ!」

「その汚い口を閉じなさい、劣等種。あなたごときがリュート様の前で口を開いて良いとでも?」


 縛られたまま叫ぶ青年に応えたのは、肌を大胆に露出した痴女っぽい格好の女性だった。

 女性は心底不快そうな顔で縛られた青年を蹴りつける。

 それでは怒りが収まらなかったのか、何度も何度も執拗に殴っていた。

 青年は苦悶の表情を浮かべているが、その目は光を失っておらず、しっかりとこちらを睨みつけていた。


 いやなんでこっち睨むんだよ。

 殴ってる女の方睨めよ。

 俺に何の恨みが?


 と、そこまで考えてふと思い出した。

 このシーン、見覚えがある。

 丁度一昨日辺りに見た覚えがある。

 そう、あのクソゲー『魔導学園潜入捜査部ジャバウォック』だ。

 たしか攻略対象の1人の過去編にこんなシーンがあった。


 あの赤髪の警官の名前は……ヒデトシとかだったか。

 そしてあの痴女はイシャデラとかいう名前だったはず。

 あのシーンはヒデトシが相棒のソウトと共にラスボスのアジトに乗り込むも捕まってしまい、そこで初めてラスボスに邂逅する、というところだった。

 しかし、今この場をヒデトシの過去編とするなら、この場所にはラスボスたるリュートがいるはずだが……見当たらない。


 最凶のラスボス、リュート。

 この国のあらゆる犯罪は大本を辿るとこいつに辿り着くとかいう誇張が過ぎる伝説を持っているが、しかしその凶悪さは本物だ。

 実際、ゲーム本編で引き起こされた事件のほとんどは、元をたどれば大体こいつのせいだったりする。

 攻略対象4人全員の過去に関わり、数々の悲劇を引き起こした全ての元凶系ラスボス。

 それがリュートだ。


 考え事をしていると、痴女っぽい格好の女がいつの間にか隣にいた。

 その手には、拳銃のようなものが握られている。

 女はそれを両手で持つと、俺に向けてうやうやしく差し出した。


「リュート様、こちらがやつの持っていた魔導器でございます」


 俺がリュート!?

 いやいや、俺は里川優斗だぞ!?

 というかそもそも、なんでゲームのキャラクターが現実にいるんだ?

 まさか、本当にゲームの中に入り込んだとでも?

 そんなバカな、どうすればそんなことになるんだよ。

 俺はついさっきまでアイツの家にいて、それで……ああ、そうか。

 俺は死んだのか。


 そのことを思い出すと、途端に力が抜ける。

 もうあの日々には戻れない。

 両親にも友人にも、そしてアイツにも会えない。

 不可逆の現実の前に、立ち尽くすしかなくなってしまう。


 しかし、体は自分の意思に反して動いた。

 勝手に手が動き、拳銃のような形状の物を受け取る。

 現実逃避をするかのように、あれは拳銃ではなく魔導器と呼ばれるこの世界特有のアイテムだったな、などとどうでもいいことを考えていた。


「てめえがリュートか。ふん、悪党とは思えねえ優男だな。だが俺は知ってんだぜ、お前の悪事をよ!」


 ヒデトシが吠える。

 その顔は血だらけで、喋るだけでも痛みが走るだろうに大したものだ。

 アドレナリンの分泌で興奮状態にあるのだろうか、血走った目でこちらを睨み続けている。


「薬の密売に違法な魔導器の製造、はては人身売買まで手広くこなす。これだけやって、よくバレねえと思ったな」

「――それで、令状はあるのかな?」

「っ!」


 口すらも、勝手に動く。

 普段と違う温和な口調。

 それでいてどこか冷徹さも感じる声だ。


「キミたちがここに来たのは独断だろう?駄目じゃないか。警官が証拠も無しに家宅捜索なんて」

「証拠ならある!……なのに、令状が降りるまでに嫌に時間がかかって……その間に」

「証拠がどこかへと消えてなくなった?」

「やっぱりてめえが……!」

「ボクはそんなことしないさ。ただ、キミの上官のフロイト氏とは懇意でね。最近は彼から愚痴ばかり聞くんだ。威勢の良い部下2人が言うことを聞かなくて困っている、とね」

「……あのデブジジイ!」

「それで、キミたち2人の処分を頼まれたんだ」


 ゲームで聞き覚えのある会話が自分の口から発せられる。

 ヒートアップしていく展開とは裏腹に、俺の心は宙ぶらりんだ。


「……俺を殺すのか?」

「そんなことはしないよ。ただ、そうだな。もしもこの魔導器が暴発して、キミのバディに当たったら、誰のせいになるんだろうね」

「おい、まさか……!」

「独断専行で人の家に不法侵入した挙句、魔導器の制御を誤ってバディを殺した……随分と面白い物語だと思わないかな?」


 その言葉を聞いた途端、ヒデトシは目を見開いてこちらに掴みかかろうとする。

 しかし、鎖に阻まれてただガシャリと音を立てるだけだ。


「やめろ……!てめえ、ふざけ――」


 吠えるヒデトシを尻目に、俺は片手をあげて合図を送る。

 すると、後ろに控えていたイシャデラがヒデトシを殴りつけた。

 手にはメリケンサックのようなものが握られており、そのまま二度三度と殴り続ける。


 悪い夢であってほしい。

 そんな俺の願いを打ち砕くように濃い血の匂いが鼻を刺激する。

 この匂いは、死ぬ前にも嗅いだ匂いだ。

 この明瞭な感覚が、夢とは思えない。


 いつの間にか、ヒデトシは気絶していた。

 イシャデラが俺を見つめている。


 そうだ、たしかゲームで描かれた過去編はここで終わりだった。

 この後何が起こったのか、未来のヒデトシは口を閉ざしていた。

 まあ、なにが起きたかなんて言わなくても分かる。

 リュートがヒデトシの相棒を殺し、そしてその罪をヒデトシに擦り付けた。


 過去編はここで終わりのはずなのに、俺の意識はそのままだ。

 無言のまま時間が経ち、イシャデラが不思議そうに首をかしげる。


 どうしてだ?

 今まで通り勝手に動くんじゃないのか?

 そう思って指先を動かすと、確かな反応が返ってくる。

 俺は体の自由を取り戻していた。


「リュート様?どうかいたしましたか?」

「――1つ、聞きたいのだが」


 なあどういうことだ教えてくれ。

 俺はそう言ったはずだった。

 だというのに口から発せられたのは違う言葉だ


 妙な感覚だった。

 自分の意思で口を開いたのに、発された言葉は自分の物じゃない。

 リュートの口調に勝手に変換されてしまう。


「はい、いかがいたしましたか?」

「……今の状況を説明してくれないかな?」

「……?なぜそのようなことを?」

「聞かなくていい」


 いいから早くやってくれ。


「かねてより我々を嗅ぎまわっていたヒデトシ・ガタリとソウト・シックスナイツが我々のアジトに踏み込んでまいりました。それを察知したフロイト氏より連絡が入り、両名の処分が決定。アジトに踏み入ったところを捕縛し、今に至ります」

「……そうか」


 やはり、俺の知っている通りの状況だ。

 考えるまでもなく、ここはゲームの世界なのだろう。

 それでも、一縷の望みにかけてイシャデラに尋ねる。


「ボクは、誰だ?」


 俺は、誰なんだ?


「……我々古代龍族の王であり、龍の威光を世界に知らしめる未来の帝王、リュート・アークライズ様でございます」


 ……やはり俺は、最凶のラスボス“リュート・アークライズ”に転生してしまったみたいだ。

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