砂漠と咆哮と境界線
@RGjCbUs2ENCO
違和感の大地
第1話:ケープタウンでの生活
トン、トン。
税関係官の指がフロントガラスを軽く弾いた。
「なぜ段ボールなんだ?」
口調は穏やかだったが、微かに威圧感があった。
ダッシュボードの上には、手作りのナンバープレート。油性ペンで書いた英数字は、陽に焼けてじわりとにじんでいる。
僕は慌てて書類を差し出し、番号が一致していることを伝えた。車両登録証明書の番号と、段ボールに書いた記号。紙の上では同じ意味のはずだった。
係官は難しい顔で書類に目を落とし、番号を追い、段ボールの記号と何度も見比べる。そのまなざしの重さに、僕の呼吸が浅くなる。
段ボールのプレートが、正式なナンバープレートであるはずがない。けれど、今はその板切れに、僕の旅のすべてが預けられている気がした。
名前のない車。名乗ることを保留されたままの車。
名前を失った車は、国境の外にいる。そして僕も、なにかの外に立っている気がした。
ここから先が『アフリカ』だと、誰が決めたのだろう。
係官は軽く肩をすくめ、書類にスタンプを押した。ゲートが上がると、乾いた風が流れ込んできた。
僕が暮らしていた街の白い壁も、海の匂いも、ここにはない。穏やかで快適な街の記憶は、バックミラーの奥で静かに薄れていく。
あの整った景色と、僕の思っていた『アフリカ』は、同じものだったのか。
エンジン音が、砂を蹴るように響く。旅は、もう始まっていた。行き先も決まらないまま、僕の中で。
数週間前まで僕は、アフリカにいながら、アフリカらしくない街で暮らしていた。
ケープタウンの街は、整っていて、穏やかで、美しかった。テーブルマウンテンを背に、海に向かって開ける明るい街。白壁の家並みの向こうから、潮の匂いがわずかに混じってくる。
僕はその街で、ちゃんと暮らしていた。朝はパンとコーヒーを用意し、夕方にはスーパーで野菜や日用品を買った。道路は舗装され、カフェも映画館もあり、日本にいたときとほとんど変わらない。日々は静かに、滑らかに流れていった。
ときには友人たちとワインを分け合い、グラスの中に土と果実の香りを感じた。暮らしは十分に満ちていた。
けれど、ときどき。景色のどこかに、ほんの小さな継ぎ目のようなものを感じることがあった。一枚の布に混じる異なる糸のように、目には見えにくいが、たしかに在った。
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