蝉未満の芥虫

憑弥山イタク

蝉未満の芥虫

 7年7日。

 蝉という虫は、7年を土の中で生き、7日で土の外を生きる───と云う。

 併しどうやら、蝉は土の中で7年も眠らず、個体差はあるだろうが、7日以上を外で生きられるらしい。

 何れにせよ、蝉が成虫おとなとして生きられるのは、幼虫こどもの頃よりも随分と短い。

 たったの7日で、壁や木にしがみついて、騒音紛いの声を発し、伴侶となる雌を待つ。そして雌と巡り会えたならば、己の遺伝子を継ぐ子を残し、死して地表に落ちる。

 落ちた後の死骸には、やがて蟻が群がり、其の身を砕かれ巣に運ばれる。土に還る、とは、蝉にこそ相応しい言葉なのかもしれない。

 若し、蝉の体の脆さが、蟻に喰われるが為の……言わば死骸へ群がる蟻への配慮なのだとしたら、蝉という生き物は、酷く献身的で、酷く愚かで、酷く勇敢で、酷く悲しい生き物なのかもしれない。

 尤も蝉の鳴き声など、今の人間には到底、翻訳などできやしない。なので蝉が何を叫び、何を訴えているのか。そんなものは分かりやしない。


 此の私の解釈が、若しも正しかったのならば、人間とは───いや私とは、蝉にさえ劣る矮小なる生物である。


 蝉よりも永い刻を生きながら、伴侶となる相手を見つける努力もせず、日々怠惰に生き、誰の役に立っているのかも分からぬ、無意味にして無価値な人生に仕上がってきている。

 恐らくは、生きようとする意志、或いは明日への渇望も、炎天下で鳴き続ける蝉には遠く及ばないのだろう。

 そして何より、己の無力さを理解したのは、死後である。

 蝉は死後、蟻に運ばれ、やがては土に還る。

 死して尚、其の体は他の命に使われ、己の古巣である土へと還っていく。

 では私は?

 私の死体など、蟻も喰わない。

 私の死体など、何の価値も無い。

 ドナーカード?

 他者に譲れる程、私は健康優良体でもない。

 不摂生な体など、他者に譲れる筈もない。

 死して尚、価値のある人間……それは全人類の中でも極少数である。少なくとも私は、其の極少数には含まれない。

 ────嗚呼!

 愚かである!

 無能である!

 矮小である!

 生芥なまゴミである!


 土の中で生き、古いからだを捨て、薄羽を以て空を翔び、死後は地に落ち蟻に喰われる。

 人間には、到底至れない偉業である。

 家の中で惰眠を貪り、体は古くなる一方で、空を飛ぶ事も出来ない。

 生きながら床に転がり、死んだ様に生きる。堕落を極めた今の私に、翔べる筈も、他者の役に立てる筈もない。


 私とは、蝉未満の芥虫ゴミムシなのだ。

 ─────いや、きっと……私だけではない。

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蝉未満の芥虫 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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