最終話

あれから、五年。

季節は巡り、私は二十一歳になった。


ロサンゼルスの夜景を一望できる、高層ビルの最上階。

今夜は、私が立ち上げた化粧品ブランド『RIO』の、発表記念の祝賀会が開かれていた。


「RIO! 今夜の君は最高に美しいよ!」


ジェームズ・キャメロン監督が、シャンパングラスを片手に陽気に笑いかける。


「ありがとうございます、監督」


私もグラスを掲げて、微笑み返した。

ハリウッドでの仕事は、私の人生を大きく変えた。

たくさんの素晴らしい制作者たちと出会い、私の技術はさらに磨かれ進化した。そして、私は自分の夢だった自分のブランドを立ち上げるという目標を、ついに叶えたのだ。


『RIO』の基本理念は、ただ一つ。

『すべての人が、自分の素顔をもっと好きになれるように』


特殊効果の技術を応用して肌の悩みを隠すだけでなく、その人自身の魅力を最大限に引き出す新しい発想の化粧品。

それは、世界中の、かつての私のように自分の顔に劣等感を抱える人たちから熱狂的な支持を受けた。


「彩崎! 見ろよ、この記事!」


祝賀会場の喧騒の中、少しだけ大人びた、でも相変わらずの笑顔で橘先輩がタブレットを見せてくれた。

『化粧品界の革命児RIO、世界を変える』

そんな、大きな見出し。


「先輩、ありがとう。先輩がいなかったら、私ここまで来れなかった」

「よせやい、照れるだろ。俺は、お前の才能を一番近くで見ていただけだよ」


今や若手の敏腕監督としてハリウッドでも注目される存在になった先輩。でも、私との関係は昔のままだった。


ふと、会場の入り口がひときわ華やいだ。

照明を浴びて、そこに立っていたのは。


「玲矢くん……!」


黒いタキシードを完璧に着こなした、神木玲矢くんだった。

五年の時を経て彼は日本を代表するだけでなく、世界的な俳優へと成長していた。その瞳には、昔よりもさらに深い自信が満ち溢れている。

彼は私を見つけると人混みをかき分けて、まっすぐにこちらへ歩いてきた。

そして私の目の前でひざまずくと、私の手の甲にそっと口づけをした。


「おめでとう、莉緒。君は本当にすごいよ」


その芝居がかった仕草に、会場中からため息と拍手が沸き起こる。


「もう、玲矢くん! みんな見てるじゃない!」


顔を真っ赤にする私に、彼は悪戯っぽく笑いかける。


「いいじゃないか。俺の、世界で一番愛する人がこんなにも素晴らしいんだ。世界中に自慢したい」


彼の甘い言葉に、私の心臓は激しく高鳴っていた。

私たちの遠距離恋愛は、五年間ずっと続いていた。

忙しい仕事の合間を縫って、何度も互いの国を行き来した。寂しい時もあったけど、私たちの心は一度も離れなかった。


祝賀会が終わり、二人きりでテラスに出る。

眼下に広がる、美しいロサンゼルスの夜景。


「綺麗だね……」

「ああ。でも……」


彼は、私の頬にそっと触れた。


「君の素顔にはかなわないよ」


彼の、優しい指先。


「俺は君のどんな顔も好きだ。でも、やっぱり俺が一番好きなのは、俺だけに見せてくれるこのありのままの君の顔だ」

「玲矢くん……」

「莉緒」


彼が、真剣な表情で私を見つめる。

そして、ポケットから小さなビロードの箱を取り出した。

その箱を、ぱか、と開ける。

中には、夜景の光を受けて輝く美しい指輪が。


「俺と、結婚してください。これからの人生、ずっと君の隣で君の笑顔を守らせてほしい」


まっすぐな、彼の求婚の言葉。

私の目から、幸せな涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

答えなんて、決まってる。


「……はい、喜んで」


私の指に、彼がそっと指輪をはめてくれる。

ぴったりと私の指に収まる、愛の証。

私たちは、どちらからともなく唇を寄せた。

甘くて優しい、永遠を誓う口づけ。


偽物の顔から始まった、私の恋。

それは、たくさんの涙と痛みを乗り越えて、今、最高の結末を迎えた。

私の人生は、もう数えきれないほどの幸せで満ちている。

そして、これからも玲矢くんと二人で、もっともっと幸せな日々を重ねていくんだろう。


夜空に、満月が輝いていた。


(おしまい)

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