星に願いを
名無しのちくわ
星に願いを
「やったあ!パパ、本当?」
その日、アナンシャは父親のアリーからその言葉を聞いて飛び上がって喜んだ。褐色の肌に包まれた頬は興奮から紅潮し、サファイヤの様な瞳はキラキラと輝いている。アナンシャがあんまりにもぴょんぴょん飛び上がって喜ぶものだからケージの中にいた火星ネズミのミッキーはびっくりして巣穴の中に潜ってしまった。
アナンシャの住む火星第二地区45番コロニーは他のコロニーと少しだけ違っている。少しだけ、といってもそれは大きな違いなのだが。このコロニーは地球から火星に来た当初からインド系のベジタリアンしか受け入れないことになっている。
人類が宇宙に進出するようになるほどにテクノロジーを進歩させている中、ベジタリアン(野菜食い)なんていうマニアックかつマイナーな食のタブーに対応できるコロニーはそう多くない。アナンシャの住む村はそういう数少ない旧時代の習慣を持つ人たちで多く構成されていた。
「いいかいアナンシャ、これからパパと一緒にどうするか言えるかな?」
「うん、まずは服装は与圧服でエアロックガレージに行く。」
「そうだね、それから?」
「火星用与圧車に乗る!車に乗ったらリモコンのボタンを押して空気抜きをする!」
「そうだ、うまくできてるぞ!次はどうするんだったかな?」
「車に目標地点の座標を入れて、ガレージの扉が開いたら外に出る!あとは車が自動で連れて行ってくれる!」
「正解だ!満点だぞ!パパの娘は天才だ!」
「もう何回も練習して飽きちゃったもん。」
アリーはあきれた様子の娘の頭をくしゃくしゃとなでると、朝が早いで今日は早めに眠るようにと伝え、部屋のホログラムの色を彼好みの色に変えて(アナンシャはその色が嫌いだったからすぐに変えた)部屋を出て行った。
アナンシャが地球との交易が行われる第二地区の3番コロニーについたのはお昼を少し回ったころだった。
地球の人々を歓待すべくテーブルの上には様々なごちそうや飲料が並んでいる。さすがに酒はないものの、ここいらでは貴重な果実を使った飲み物やはちみつとスパイスを使った甘いものがたっぷりと並び、それらの菓子には黄金色の蜜がたらりと滴っている。アナンシャは思わず指を伸ばしかけたが、アリーの優しい声がそれを押しとどめた。
地球商人たちはごちそうには手を出さず、ねめつけるような目でアリーの持ってきた品物…隕石から掘り出され、ピカピカに磨かれた宝石類…を鑑定の機械にかけ、最後に己の手で持っては古めかしい拡大鏡をつかって眺めてはひそひそと小声で何かをささやいている。アリーが自分の娘であるとアナンシャを紹介するのもそっちのけだ。
地球商人たちとの交渉は夜まで続き、アナンシャとアリーはその日、3番コロニーに宿泊することになった。
アナンシャはふと、今日の昼間に見た地球商人の態度からお隣のプリヤおばさんが話していたことを思い出した。
「ねえパパ、地球と火星のおりあいが悪くなってきている、って本当なの?」
アリーは部屋の反対側に置いてあった寝台から体を起こし、アナンシャの方に視線を向ける。
「プリヤおばさんかい?」
「そう、もしかしたらまた…」
「アナンシャ、起こってもいないことに不安を覚えるのはやめなさい。大丈夫、怖いことは起きないから。それにもし何かがあったら、パパの事を思い出しなさい。きっと怖いことから逃げられるからね」
アリーはそういうと、いつもの通りアナンシャの頭をくしゃくしゃと撫でてから己の寝台に戻っていく。
…あれからどれだけの時が過ぎただろう。
過ぎ去った時間は戻らない。
アナンシャは瓦礫の中から亡きアリーが勝手に触っては嫌いな色に変えていたホログラム投影機を見つけ出し、活動服越しにホコリを払った。
…アナンシャの考えが正しければ、火星の生末はこのホログラム投影機と父の言葉にかかっている。
火星コロニー存続の危機という今、父アリーがホログラムに残したであろう手がかりだけが頼りだった。
アナンシャは大事そうにその小さな球体をバックパックの中にしまいこむ。
まるで星を背負っているみたい。ぼんやりと頭の片隅でそんなことを考えながら、
彼女はどこまでも続く赤い砂に点々と足跡を残して荒涼とした火星の大地の果てに消えていった。
星に願いを 名無しのちくわ @mintblue0722
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