第4話 結局男は女に勝てない。

「せんぱい。せんぱいはわたしに嫌われようとしてますよね?」


 なぜこの子はこれでも引かないのだろうか。

 ますます訳が分からない。


「……そうだ」

「やっぱり。じゃないとこんなことしないですよね」


 そう言ってどこか楽しそうに笑った。

 この子は本当に女なのだろうか? 何度も思う。


 少なくとも、俺が知っている「女」ではない。

 女どころか人間かどうかすら怪しい。

 やはりどこまでいっても都合が良すぎる。

 俺にとって都合がいい、というよりも「男」にとって都合が良すぎるのだ。


「でもそれも、ちょっと嬉しいとは思っちゃうんですよね。髪を切った甲斐があった、というか」


 俺のベッドにゆったりと座って微笑んだ。

 俺はもしかして化け物を部屋に入れてしまったのではないかとすら思ってしまった。


「せんぱいがわたしに嫌われようとしてるっていうのは、わたしの告白を信じたから嫌われようとしてるんですよね?」

「……ああ」


 作戦を切り替えたのだ。

 自分が傷つかないために。

 そのための自己開示。


「それでもわたしはせんぱいのことが好きですから」

「……不幸になるだけだと思うぞ」


 俺みたいなやつを好きになったところで、そうなるだけだろう。

 そんな話ばかりを描いてきた。

 健気に尽くすメインヒロインを。

 そしてそのメインヒロインが曇っていく姿を。


 綺麗なものを、綺麗なだけのものとしか認識できない。

 だから穢して黒く塗りつぶす。

 エロ漫画に純愛なんて必要が無い。

 求められているのはヘドロのようなどす黒い性欲だけだ。


 愛だとか、そんなものは必要とされない。

 女は物として扱う方が金になる。

 俺に求められてきたのはそれだけ。

 それでも俺に才能がないから、大して稼げてもいない。


「わたしのお母さんはよくできた人でした。お父さんはダメダメでしたけどね」

「ダメ男に惚れる遺伝子か? なら尚更不幸になるだろうよ」

「男なんて基本的にそんなものですよっ。だから女がいるんです」


 話が見えない。

 何が言いたいのだろうか?


「お母さんが言うには、惚れた男を立派にするのが女の役割だって言ってました。いい男は女がいないと存在しないって」

「……それは女視点の話だろ。男だ女だの前に、人としてダメなやつはどうしようもない」


 俺は底辺の人間だ。

 だからよく知っている。

 底辺のやつは人に恵まれてもダメだ。

 根本がダメなのだから、どうしようもない。


「じゃあせんぱい。勝負をしましょう」

「……なんのだ?」

「ルールはこうです。わたしの髪が元の長さに伸びるまで、せんぱいはわたしの恋人です。その期間にわたしは全力でせんぱいに尽くします」


 女性の髪の伸びる期間は大体把握している。

 仮にもエロ漫画家だ。かなりの期間になる。


「わたしと恋人でいる間に、せんぱいがそれでもわたしのことを好きになれなかった、わたしはせんぱいを諦めます」

「耐久戦か?」

「はい。わたしのせんぱいへの愛が勝つか、それともせんぱいの卑屈さが勝つかの勝負ですっ」


 あざとく小さな拳を突き出してきた。

 女の子らしいその拳に悪意は感じられなかった。

 それでも確かな覚悟を感じた。


「……髪を切らせた責任はある。わかった」

「ふふんっ。交渉成立ですねっ。せんぱいっ」


 なんでそんなに楽しそうなのか、やはり理解できない。

 投資家なら即決で手放すか、或いはそもそも買わないような株をこの子は喜んで買っているのだ。

 頭がおかしいとしか言えない。


「わたしがせんぱいをいい男にしてあげますねっ」

「……好きにしてくれ」


 昔の俺はこの子に一体何をしたんだ?

 命懸けでこの子の家族とか助けたとか、そのレベルでもないとこんなことにはならないだろ。

 てかそうであったとしても普通はそうならない。


「てかまあ、わたしも恋愛経験ないんで実際はわかんないですけどね〜」

「……嘘だな。そんなわけがない」

「ほんとですよ〜。信じてくださいよっ」

「だって絶対モテるだろ。そんなにあざといのに恋愛経験ないわけがない」


 男に媚びていそうな接し方。

 なんなら男を引っ掻き回して男を喰らう化け物か妖怪と言われたらなんの疑いもなく信じるまであるぞ。


「守ってきたんです。せんぱいに全部あげたいので」

「なに?」

「全部の初めて」

「…………は?」

「初めてのキスも、えっちも全部。せんぱいの為に守ってきたんです」

「そんな女が存在するわけがない。そんな女がいるなら女神が実在する方が信じられる」

「そう。そんな女神が今、ここにいますっ」


 うーんあざとい。

 絶対処女じゃない。

 べつに俺は処女厨とかではない。

 というかそこはどうでもいい。


 女体に興味は少なからずあるが、処女かどうかはどうだっていい。

 そもそも初めから女を信じていない。

 女を、というか人間そのものというべきか。


「それでどうしますせんぱいっ? とりあえず籍は入れときます? 婚姻届持ってますけど」

「なんでだよ?!」

「だって髪切ってきたら信じるって言われましたし、これはもうわたしの勝ち確だと思って。幸いにもお互い結婚できる年齢ですし」

「……凄いな、君……」

「花嫁修行は一通りしてますからねっ」

「……胡散臭い」

「ほんとですよっ?」


 そうか、俺は統合失調症なんだな。

 エロ漫画を描き過ぎてこんなに都合のいい話を脳内で作り上げてしまったんだな。

 だって俺は未だにこの子の名前も知らないのに、こんなに男に都合のいい女が現代にいるはずがない。


 目が覚めたら、目の前にはゴミ箱を抱き締めている自分がいるに違いない。

 それか頭にアルミホイルを巻いている自分がトイレでうずくまっているのだろう。


「……君の名前、聞いていいか?」

「はいっ。わたしの名前は東雲美桜しののめ みおです。あっ。でも結婚したら田中美桜になりますねっ」

「そうだな、うん」


 なんで東雲はこんなに押しが強いんだ?

 やっぱりこわいぞ。新手の結婚詐欺の可能性はある。

 金が無くても消費者金融とかから借金させてとかの可能性はあるし、結婚して生命保険に加入させてから殺すという可能性もある。

 まだ気は抜けないな。


「それじゃ今日はもう帰ってくれ。人と話し過ぎて疲れた。仕事もしないとだし」

「ではとりあえずお部屋のお掃除しますねっ」

「……いや、いいから帰ってくれ」


 俺の部屋で女の子がいる状態でエロ漫画が描けるわけないだろ?!

 そこは察してくれ!!


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