第2話 責任。
目の前には可愛いゆるふわボブの昨日の女の子。
髪を切ったからか、昨日よりもなんならあざとく見える。こわい。
今ならこの子に騙されて世界征服くらいしてしまいそうになるくらいにはこわい。まんじゅうこわいじゃない。
「……初めましてー。あっ、俺は用事があるので失礼しますー」
「ちょっと?! 逃げないでくださいよっ?! 髪切ってきたのにっ」
「……いやだって、ほんとに切ってくると思わなかったし……」
直視できない。こわい。
ほんとに好きになりそう。
おい誰だ今「童貞乙」とか言ったやつ出てこい。
幻聴だった。自意識過剰過ぎてそれだけで死にたい。
「とりま立ち話もあれですし、どっかカフェとか入りましょ? 話はそれからということで」
「……わかった」
つい言ってしまったこととはいえ、髪を切らせてしまったことは事実である。
曲がりなりにも漫画家である。
女の子の髪の重要性は理解しているつもりである。
たった一言でここまで状況が変わってしまうのだ。
これは俺の責任問題になる。
「あ、あのぅ……ここに入るの?」
「ん? そですよ」
「……オシャレ過ぎて息できなくて死んじゃうんだけど」
「何言ってるんですかせんぱいっ。入りますよ〜」
「え?! あっ?! ちょっとぉ?!」
オシャレなカフェ、スターボックスに入店させられて早くも死にたい。
俺のような男が入っていい領域ではないのだ。
エロ漫画なんて描いているモテない男が入っていいカフェではない。殺されてしまう。
「せんぱいは何にします?」
「あ……君と同じもので」
「おけまるです」
店員さんの笑顔が怖い。
笑顔の裏で「こいつキモっ?!」とか思っていたりするんだろうか?
それとも「こいつ童貞くさっ?! 営業妨害過ぎて死刑」とかになったりしないだろうか?
世界は広い。
その理由は棲み分けである。
俺みたいなやつは小汚くて薄暗くてジメジメしている押し入れにいなければならない。
なるべく人目につかないようにひっそりと生きる。
これが俺に認められているせめてもの生き方というものである。
とりあえず席に着いて仕方なく品物を待つ。
コーヒー飲んだらそっこーで帰ろうそうしよう。
居心地が悪い。
「てかせんぱい、めっちゃ急によそよそしいですね。小動物みたいですよ?」
「……仕方ないだろ」
アウェー戦で堂々としていられたなら俺はこうなっていない。
そもそも俺みたいなのがこんなところにいていいわけがないのだ。
俺の居場所はネットの片隅だけである。
「……まあ、その……すまなかった」
「なんで急に謝るんですか?」
「いや、だって。ほんとに髪切ってきたし」
「せんぱいが言いましたからね。そしたら付き合ってくれるって」
「……いや、付き合うとは言ってないぞ? 信じると言っただけで」
というか本来は俺が頭を下げるどころか頭を地面に擦り付けてでも懇願するようなことではある。
少なくともそのくらいこの子は可愛い。それは認める。
あまりにも都合が良すぎるくらいには可愛い。
「……そう、ですよね。いきなり来てそうはならないですよね」
下を向く彼女にどうしていいかわからなくなってしまう。
何でこんなことになってるかだってわかってない。
というかそもそも俺はこの子の名前さえ知らない。
「でも、わたしはそれでもせんぱいのことがずっと好きだったんです。だからそう簡単に諦められません」
下を向いていた彼女はまっすぐ俺を見つめてそう告げてきた。
意味がわからない。
なぜこんなことになっているのか。
陰謀論だとか、都市伝説だとか、そういう胡散臭い話を信じる方がまだ救いがあるようにすら思う。
「ひとつ聞きたいんだけどさ」
「なんですか?」
「俺でガッカリしなかったの?」
「しましたよ」
「したんかい!」
「でも、それでも好きですから」
意味わからん。もしかしたらこの子は宇宙人なのかもしれん。
「わたしだってずっと、ずぅーっと考えてきたんです。もしも会えたら、どうしようって」
彼女は自分の両手を撫でるようにしながら懐かしそうに話し出した。
どうして俺相手にそんな顔ができるのか、理解できない。
「期待してました。せんぱいのことを考える度にドキドキしました。でも同時に、こわかったんです」
「ガッカリするのが?」
「ガッカリだけなら、正直わりとなんとかなるって思ってました。それよりも、人を殺したとか、犯罪者とかだったらどうしようって思って。それでもわたしは傍にいられるかなって」
「うん。重い」
「酷いですよせんぱい……」
この子は夢を見たのだろう。
だけど同時に夢であることを理解もしていたのだろう。
だから考えた。
夢が崩れる可能性を加味して、その上でどうするのかを考えてきたのだろう。
だからおそらく、この子の中では想定内の範囲だった。そういうことなのだろう。
だとしても理解はできないけど。
注文した品を口にしてまた考える。
これからどうすればいいのかと。
個人的なことだけを考えれば、そりゃ付き合いたいしえっちしたい。童貞卒業したい。
率直な感想である。
だけど、これはそれ以前の問題がある。
それも俺自身に。
アダルトとはいえ漫画を描いてきていると、それなりに自分自身の自己分析もしてしまうものだ。
結局のところ、自分のことがなんらかの形で漫画に反映されてしまうのだから。
否が応でも自分と向き合わされる。
そうして自覚した自分の歪み。
これを受け入れてくれるのだろうか?
これが結局、こわいから遠ざけたい。
どうせ嫌われるなら、夢なんて見たくない。
期待しなくていい。その方が傷付かなくて済む。
傷付きたくなくて逃げた先がエロ漫画なのだ。
救いようがない。
だが今回に限っては少なくとも俺にも責任がある。
髪なんてまたすぐに伸びる、なんてのは男の話だ。
「せんぱい飲み終わるの早っ?!」
「大事な話があるから、俺の家に行こう」
「せ、せんぱいのお家ですか?! ま、まあ心の準備はいつでもできてますけど流石にちょっと早くないですか?! いいんですか?!」
責任はある。
漫画家なら、自分の発言に責任が伴うことはわかっていたはずだ。
でもこうなってしまった。
であるからには、それなりの対応をしなくてはならない。
責任の取り方にも色々ある。
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