勇者って呼ばれてるけど、やってることは便利屋。……でもオレは、探偵であることを選んだ。

宮島愛生乃

001-第1話:異世界転生のやり方はアレ①

「なあ、アンタ――知っているか?」


異世界に行く方法を。


……トラック事故か?

それとも、落雷か。

通り魔かもしれないし、いや、突然死――かもな。


けど結局、どれも“きっかけ”でしかない。


「好きなのを、選んでくれていい……」


――でもさ。

もし、それだけじゃないとしたら?


オレも知らなかった。

異世界転生のやり方に、まだ“別のルート”があるなんて。


しかも、その正体が――“アレ”だなんてさ。

ふつう、誰が思う?



***



学生のくせに、学校にはろくに通わず、

知り合いの不良中年に言われるまま、探偵の真似事なんかしていた。


(探偵……って言えば聞こえはいいが、実態は便利屋とも間違われる)


そんなオレが、今夜――忍び込んだのは、皮肉にも、自分が通うはずの学校だった。


深夜の校舎裏、中庭へとつづく道を曲がった、そのとき。

ふいに、光の筋が視界を横切った。


(ミスった!? 見つかったか……?)


思わず身をすくめた。だが――

その光は、警備員の懐中電灯なんかじゃなかった。


オレは、まばたきすら忘れていた。


目を奪われた先にあったのは――

宙に浮かぶ、銀の円盤。


機械仕掛けのような扉が、すべるように開いていく。


それは、B級映画の安っぽい特撮みたいで――

笑えるはずなのに、なぜか、背筋がぞくりとした。


心臓が騒ぐ。

恐怖じゃない。


ただ、理由もなく――知りたくなった。

目の前の“それ”が、なんなのか。


気づけば、オレの足は光の中へと踏み出していた。

吸い寄せられるように、一歩、また一歩。

踏み出すたびに、世界が白く溶けていく。


――そして。


次に意識がはっきりしたときには、

オレは……あの宙に浮かんでいたはずのUFOの中に、立っていた。



***



だが、そこは――

オレが思い描いていた光景とは、まったく違っていた。


ランプを激しく点滅させるコンピュータ。

無機質な機械が、せわしなく動き回る。

そんな“近未来宇宙船”みたいな場所だと、ずっと信じていた。


けれど、現実は――その真逆だった。

そこは、西洋風の――古びた教会。


「ああ……勇者、勇者よ……」


目の前には、絵画から抜け出してきたかのような、荘厳な女神さまがいた。

だが、その瞳には、どこか底の見えない光が宿っていた。


「ようこそ。わたしの聖堂へ」


彼女は、こちらに笑みを向け、やさしく語りかけてくる。


その笑顔は、こころがとろけそうになるほど美しくて――

最初から警戒なんて無意味だったかのように、すべてを信じてしまいそうになる。


言葉の意味よりも、声の響きが、まっすぐ頭の奥に染み込んでくる。

抗うことさえ許されず、こうして人は――運命に惹かれてしまうものなのか。



***



オレは、ひと言も返せなかった。

ただ固まったまま、身動きひとつできずにいた。


現実感が、すっと遠のいていく。

異常な状況に、思考だけが置き去りにされたままだった。


オレは、この場の空気に呑まれまいと、呼吸を整える。

わざとらしいほど大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


そして、ようやく気持ちを落ち着かせて――あたりを見渡す。


彼女が“聖堂”と呼んだその場所には、

高い天井から、やわらかな光が降り注いでいた。


色褪せたステンドグラスが、床に淡い色を落としている。

蝋燭の炎が揺れ、古びた木の香りが、かすかに鼻先をくすぐった。


――その香りに導かれるように、

オレの視線は、聖堂の側壁へと自然に向いていく。


そこには、見事な幾何学模様が広がっていた。

幾千もの小さな破片が、祈りのように寄り添い、重なり合っている。


この場所に込められた願いが、そっと語られているかのようだった。



***



ところが――それは大きな間違いだった。

あれは、“純粋な”モザイクタイルなんかじゃなかった。


聖堂の壁に、鮮やかで神秘的な図案を描いていたのは――本の背表紙だった。

よく見ると、そこには書棚がずらりと並んでいる。


「しかも、全部小説――いや、ラノベばっかりじゃねえか!」


異世界転生、ハーレムもの、スローライフ、復讐劇……

ありとあらゆる“なろう的なジャンル”が、壁一面にびっしり詰まっていた。


「おい、なんで女神の聖堂にラノベの山があるんだよ!?」


思わずツッコミを入れたオレの気持ち、誰か察してほしい。


「わわわっ! そっちはダメったらダメーっ!

 見ちゃダメ! 触っちゃ絶対ダメえええ!」


女神の声が、さっきまでとまるで違う――妙にロリっとした声色になっていた。


そしてそのとき、聖堂の奥から――

どすん、と。

なにか大きなモノが落ちたような音が響く。


「うぎゃああっ!」


オレは反射的に、音のした方へ駆け寄った。



***



その場所へ戻ってみると――

“荘厳な女神さま”に、重大な異変が起きていた。


身体の節々が、ありえない方向にぐにゃりと折れ曲がり、

人形のように――いや、まさに人形そのもののように、ぴくりとも動かない。


魂が抜けたみたいに、空っぽになっていた。

……そう、彼女は造りものだったのだ。


「う、うう……」


崩れた人形の、さらに奥から――かすかなうめき声が聞こえた。


そこにいたのは、足の小指を握りしめ、

芋虫みたいにくねくねと寝返りをうつ、小さな少女の姿だった。


転がる彼女と――オレの目が合う。


「…………」「…………」


「おい、何か言ったほうがいいのか?!」


「ふふん! バレちゃったみたいねっ!」


少女は小指をふぅふぅしたあと立ち上がり、白いドレスの裾をひるがえすと、

どこか遊び半分のような笑顔をこちらに向けてきた。



***



立ち上がった少女は、両手を腰に添えると、肩幅くらいに足を開いた。

そして、小さく細い人差し指を、まっすぐオレに突きつける。


「決めたわ! あなたよ!」


高らかに言い放つその声に、オレは一瞬、返事を忘れた。


『いよいよ、勇者転生ゲームを始めるんだからねっ!』


テレビゲームみたいなタイトルを派手に叫ぶ少女。


「……は?」


「そう! あなたをスカウトしに来たのよ!」


「勇者……転生?」


この場違いな空間で何を言ってるのかと思えば、突然そんなことを叫び出した。

困惑するオレをよそに、少女は一歩踏み出す。


「オレを……スカウト?」


「そうよ! 勇者として異世界に行くの!」


彼女は胸を張って、得意げに語りはじめた。


「いま神界では、《勇者転生ゲーム》が開催中なの!

 選ばれた四人の女神が、

 それぞれスカウトした勇者を異世界に送り込んで競い合うのよ!」


「……競う?」


「うん! ルールはすっごく簡単!

 一番早く“決められたアイテム”を手に入れた女神が勝者なの!

 勇者も、報酬とか願いがちゃんと叶えてもらえるし!」


「つまり、オレを異世界に送って、必須アイテムを探させる。

 お前はその成果で勝ちを狙う――そういう話か?」


「その通り! ねっ、わたしと組もうよ!」



*** つづく。

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