【言葉】拒否すれば押しつけられ、欲しがれば拒絶される

晋子(しんこ)@思想家・哲学者

拒否したものは押しつけられる。じゃあ、あえてそれを最初に求めてみよう。するとすんなり与えられる。みんな意地悪ではないか?

人間関係には奇妙なルールがある。本音を言えば、読み違えられる。拒否すれば押しつけられ、欲しがれば拒絶される。まるで言葉の意味がねじ曲がった世界に生きているようだ。素直になればなるほど損をし、遠慮すればするほど勘違いされる。これは冗談ではなく、日常でしばしば起こっている現象である。


たとえば「これ食べたいな」と素直に言えば、「図々しい」と言われ、「いえ、けっこうです」と断れば、「本当は欲しいくせに」と押しつけられる。食べたいといえば与えられず、食べたくないといえば与えられる。この矛盾は、もはやゲームだ。言葉の表面通りに受け取られても困るし、裏を読まれても困る。どう転んでも不自由で、どこまでも不誠実な関係が構築される。


これは日本に根付いた「察しの文化」や「空気の支配」に由来している。人は言葉よりも「真意」を読み取ることが美徳とされ、あえて遠回しな表現を選ぶ。そして、相手の遠回しな言葉に対して、「本心は別にある」と推理ゲームのように解釈を加える。だがこの文化は、すでに崩壊し始めている。誰もが本音を隠しながら、本音を見破ることに疲弊している。そして結局、お互いの希望は叶わない。


もうひとつ、意地悪さの問題もある。人間は他人の拒否反応に、ある種の快感を覚える生き物だ。嫌がる姿を見ると、「やらせてやろう」「思い知らせてやろう」と思ってしまう心理がある。これは加虐性と支配欲の表れであり、子どものいじめにも、大人の職場にも、家庭内の関係にも見られる。相手が嫌がることをあえて与える。相手が望むことは意地でも与えない。まるで愛情の裏返しのように見えて、そこに愛はない。ただの権力遊びである。


さらに言えば、求めることそのものが罪とされる風潮もある。何かを「欲しい」と言うと、それは「我慢が足りない」「甘えている」と解釈される。だから人は自分の欲望を口に出すことに怯え始める。素直に「ケーキが食べたい」とも言えない社会。欲しいと言えば引かれ、遠慮すれば押しつけられる。まったく不条理だ。これは一種の人間関係の罠であり、思考の檻である。


このような社会では、本音を話すことがリスクになる。本当に望んでいることを口に出すと拒絶されるか、皮肉に受け取られる。だから人は試すように嘘をつく。「本当は欲しいけど、いらないって言ってみよう」「やりたいけど、やりたくないって言っておこう」。こうして本音と建前の逆転が起こり、相手もまた、真意を読み取ろうとして混乱する。結局、何がしたいのか、何を望んでいるのか、誰にもわからない。


このねじれは、個人の問題ではなく文化の問題である。教育でも同じことが起こる。子どもが「行きたくない」と言えば、「だからこそ行け」と言われる。嫌だと言えば「やらされる」。つまり拒否は「試練」として与えられる。一方で、「これがやりたい」と自分の希望を語れば、「わがまま言うな」「みんな我慢してる」と否定される。こうして育てられた人間は、他人の希望をも否定するようになる。自分が我慢したのだから、お前も我慢しろという地獄の再生産である。


ではどうすればいいのか。これは簡単なようで、難しい。まず、私たちは言葉を正しく受け取る訓練をし直す必要がある。相手が「いらない」と言ったなら、それをそのまま信じる。「欲しい」と言ったなら、それをそのまま認める。裏を読まない、試さない、疑わないという姿勢が信頼を生む。言葉の意味が素直に通じる社会こそ、健全であり、幸福である。


そして、自分自身も素直に言葉を使う勇気が必要だ。「欲しい」「やりたい」「行きたい」「ありがとう」「ごめんなさい」。これらの単語を正直に言うことが、どれだけ難しいか、私たちはよく知っている。でも、それを恐れずに伝えることでしか、誤解の連鎖は断ち切れない。


また、他人の希望を妨害しないこと。他人が何かを求めたとき、それを奪ったり否定したりしない。他人が拒否したとき、それを尊重する。人の欲望を操作しない、試さない。そういう小さな誠実さの積み重ねが、健全な人間関係をつくるのだと思う。


言葉がまっすぐ通じる世界に生きたい。拒否したものを無理やり押しつけられず、求めたものを罰のように拒否されず。自分の感情をそのまま表現し、受け取ってもらえる社会。それこそが、本当の自由であり、本当の優しさではないだろうか。

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