第8話 狂気に満ちた鉄の棺


 ……ここはラ・イールが過ぎ去った後のオークル。


 燃え上がる炎は既に消え、惑星は廃墟と化した。砲撃で破壊された軌道要塞の周りに、壊れた王国軍の宇宙戦艦の破片が漂っている。


 そこに、侵攻の主役である帝国軍の宇宙艦隊が整列していた。


「……あれは、何ったんだ?」


 第12機動艦隊の旗艦、戦艦「アルハンゲリスクの冬風」の艦橋の中でガリツィン提督がそう呟く。


「……」


 そこには彼以外にも彼の参謀長と少数の主要指揮官に、先程の戦闘でエラールを食い止めた、ユスポフだけが並んでいる。


「データとの照合によると、あれは王国軍の宇宙戦艦、ラ・イールで間違いありません」


 ラ・イール


 ユスポフが口にしたその名を耳にし、艦橋の雰囲気が一層重たくなっていく。


 過去に帝国軍において悪夢として名を馳せたあの戦艦が、再び帰ってきた。


「くそ! なんであれがまた! 王国軍に何があったんだ?」


 過去にその船によって死ぬ直前まで追い込められた経験が蘇ったのか、提督はその顔をしかめ、机を叩く。


「……直近の作戦報告書に目を通した限り、あの船が戦域で現れたのは今のが初めてでした。おそらく戦力不足を補うために再び戦力として活用するようになったかと」


 淡々と状況を冷静かつ客観的に報告するユスポフを前に、提督は焦りを隠せてない。


「やはりそうか。ならあの時に仕留めて置けば……戦隊長がミスをしたのか?」


「い、いえ! ……奇襲の効果を最大限にするには、敵戦艦1隻ではなくてより敵戦艦全体への全面的な攻撃を優先するのが合理的でした……戦隊長はそう判断したかと」


 提督の気をうかがいながら小声を並ぶ参謀長を置いて、ユスポフが捕捉を足す。


「はい。そして第1撃で既にその戦艦は被弾し、反撃能力を喪失した状態でした。そうしたらまだ健在な敵主力艦隊への攻撃を優先した戦隊長の判断は正しかったと思います。戦闘が終わったら、その後に機動性を失ったラ・イールを仕留めても遅くはない、とのことでしたが……」


 先程の戦闘で戦隊長と共にいたユスポフはあの時のことを思い返す。


 オークルの制圧が終わろうとした際、放置しておいたあの戦艦に止めを刺そうとしたら……


「そうだ。奴は光の速さで逃げやがったんだ! まさか、光速機動が出来たとは……!」


 提督の悔しがる声を耳にしてもユスポフは眉一つひそめることなく、冷静に分析を重ねる。


「我が軍の資料ではその船が光速戦艦へ改修されたことは示されていなかったため、仕方なかったのかと。レーダーで失う直前の最後の追跡では、それは光速機動で戦線のどこかへ行ってしまいました」


「そうか……なら追跡しないと」


「……追跡、ですか」


「あれは今まで我が国において数々の恥辱を与えた、屈辱の証そのものだ。前には撃沈寸前のところまで追い込めたが、それは今王国の剣となって再び戦場に現れたのだ! 放っておいたら、またいつか俺たち、いや、帝国の脅威になるか分からない。その可能性を潰すためにも、奴は今度こそ仕留める必要がある!」


「は、はい……! しかし、この艦隊全体がその1隻の追撃に出る訳にはいきません。代わりに今すぐ追跡隊の編成を……! 指揮官は、」


 参謀長を制止し、提督はユスポフの方を見る。


「いや、ユスポフ、お前をその追跡艦隊の指揮官にする」


「……? わ、私ですか……?」


 戸惑ってしまったのか、少し困惑する彼を前にガリツィンは話し続ける。


「そうだ。お前は今までその冷静さを活かし、いつも的確な判断をして我が艦隊の勝利に貢献した。それにあの戦いで、迫りくる敵に正面から立ち向かうことで、戦に挑む者としての勇猛さを示したはず」


「……」


 それはあの時、敗退する敵艦隊の中から光速での衝突を試みてきた敵戦艦に、艦長として正面から突撃に挑んだことを意味する。


(……にしても、あれは何だったんだろう)


 まさか光の速さでぶつけてくる、常識外れの戦術を目の前にしたことでその本人のことをつい考えてしまう。


「そんな貴官なら奴の跡を追って排除することも造作もないはず。故に命じる! これより追跡部隊を指揮し、戦艦ラ・イールを仕留めろ!」


 提督の命令が自分の肩に、重くのしかかる。


 いきなりの重大な役に責任重大さを感じがら、ユスポフは敬礼をする。


「……はい! 提督の命令であれば……!」


 そうやって、ラ・イールを狙う追撃部隊がオークルを後にし、追跡を始める。


 一方、ラ・イールは秒速30万㎞の速さで、辺境宙域を駆け走る。


―――――――――……!!!


 光速機動は好きになれないな。窓を通して外を見ても何も見えない。ソワソワする心を抑えて、機材やモニターを通して俺たちの状況を確認する。


「報告! まもなく目標座標に到達します! 砲撃戦準備完了!」


 武装を確認する。主砲は1門のみで、副砲は16のうち6門しか使えないか。


 また戦闘ということで緊張してしまうが、同時に興奮でもしたのか、血が滾ってくる気もする。


 その時だった。


――――、―――、――……


 安全装置でも抑え切れない程の揺れが走り、窓の外から眩い光が炸裂する。


「……! 艦長! 只今目標座標に到達しました!」


 一瞬で治まる閃光の後に、窓を越して戦場が広がる。


『……!』


 鋼鉄の破片がデブリとなって漂っている中、撃破された駆逐艦が見える。


『護衛は既にやられちまったか!』


 目で見る限りだともう全ての護衛艦は海賊の襲撃を受けて壊滅したようだ。そして、


「艦長! あちらです!」


 カトリーヌの指示した方を見ると、そこには海賊船と輸送船があった。


『あれって……!』


 海賊船は3隻。奴らはある船に近付いている。海賊の奴らは輸送船の物資を欲しがるのか、壊すよりも捕獲に出たようだ。


 逃げようとしたが結局逃げ切れなかった様子だな。

 

「……! 艦長! 公開チャンネルを通して通信が来ています! 輸送船からの救助の要請です!」


 レティシアの緊迫した声。あの船で間違いないのか。


『砲撃用意! 輸送船と一番離れている奴を狙う!』


「了解! 艦首方位330度、仰角-5度、距離300㎞の敵戦力を捕捉! 射撃統制装置と第2主砲の連携を完了! 照準を終えました。いつでも照射可能です!」


『なら今すぐ撃て!』


「了解! 第2主砲、発射!」


―――――――――!!!


 また1500GWの超高熱の怒りが放たれ、瞬く間もなくターゲットを貫く。


――――――!


 そして爆破と共にそれは一瞬で粉々になって散っていく。


「報告! ターゲット、撃破しました!」


 他の2隻は俺らの存在に気付いたのか、こちらに方向を変える。


『奴ら、俺たちのことに気付いたか。第2撃を準備しろ!』


「か、艦長! 敵艦からつ、通信です! どうなさいますか!?」


『……良い! 繋いでみろ!』


「りょ、了解! これより繋げます!」


 スピーカーを通して、ノイズ塗れの音が聞こえる。


「うひゃひゃひゃ!!! 後ろを撃たれて、今の奴ら死んじまったのか! これで奴らの分も全部俺らのものだ! 最高だぜ! まずは王国のお前らも殺して、一切合財もらうぜ!!」


 突撃しながらの通信は、それで切れた。味方がやられても喜ぶとか、奴らは半分は勝機ではない模様だな。


『最初から考えもしなかったが会話なんて意味はないようだな。主砲の準備は!?』


「はい! 第2主砲、後3秒で発射可能です! 敵戦力2隻、今も接近中!」


『奴ら、近接戦を試みるつもりか! 副砲も用意しておけ!』


 まあ、海賊船ごときが戦艦と砲撃戦なんて敵う訳ないか。


「了解! 副砲全機放列に入ります! 第2主砲発射準備完了!」


『先頭の奴を狙え! 発射!』


「了解! 発射します!」


―――――――――!!!


 また光子収束砲が光を放ち、接近する海賊の動く棺をチリに返す。


 しかし、その間に最後の1隻がこちらの領域に殺到する。


「艦長! ターゲットは撃破しましたが、残りの1隻が……!」


 奴は味方がやられる時にも突進し続け、やがて自らの射程距離に入ったのか、何かを放つ。


「……! 艦長! 魚雷です! 量子魚雷を感知! その数3!」


『なに!?』


 量子魚雷。知っている限りだと王国軍の最新鋭の兵装で、まだ完全に普及された訳でもないものであるはずだが、それを海賊ごときが使うんだと……?


 いや、最新鋭兵器を海賊風情が使うなんてありえない。まさか、輸送船団から手に入れたのか!?


「敵戦力、今も接近中! そして量子魚雷3個もこちらへ機動を開始しました! まだ最高速度ではありませんが今加速を開始した模様!」


 しかも海賊船もこちらへ突撃して来るのか。それに当たってしまってはこの船はもう終わりだ……!


 野蛮に満ちた鋼鉄の棺と、最新鋭兵器が今もこちらへ殺到してくる中、俺は命令を下す。


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