公安AI少女! ~拾った旧式アンドロイド美少女は公安所属で事件に巻き込まれました~

fe

01. 捨てられていた少女

「昨夜から続いていた大規模通信障害は回復しました。繰り返します……」


「おー、通信障害回復だってー」


 町に流れる若干エコーのかかった機械音声のアナウンスを聞いて、一人の男子高校生が安堵した声を上げた。傍に居た友人らしき二人がそれに反応して顔を向ける。


「やっとかよぉ。オフラインで払えるかね持ってなかったんだよね。これで買物できるわ。コンビニ寄って帰らん?」


「おう、行こ行こ。トオルも行くよな?」

「うん」


「ってか俺昨日、現金探して部屋中ひっくり返してたわ。ほら見てみ? 五百円玉」

「おー、五百円玉! はじめて見た!」


 五百円玉を掲げた少年を先頭に昼下がりの町を二人が歩いていく。目的のコンビニはすぐ近くだ。その後ろを歩くトオルは掲げられた五百円玉を見た。


「あ、ボクいつも現金払いだから小銭とかいっぱいあるよ。百円とか十円とか、見る?」


「え、ガチで? そいやお前、端末AIも持ってなかったっけ」


 この時代、大抵の人間は端末ハンディAIと呼ばれるサポートAIを所持していた。日常の些細な事からその後の人生に関わる大きな決断まで、ほとんどのことを自身が持つAIに助言を得てから決めるのだ。

 しかしトオルは貧乏故端末AIを持っていない。コンビニの自動ドアをくぐりながら、トオルは友人二人が持つ端末AIを羨ましそうに眺めた。


「うん。でも流石にスマホは持ってるよ。電話もネットも問題ない」


 一応、トオルが持つスマートフォンでも旧式のAIなら動作させることが可能だ。しかし旧式AIは現行AIに比べ、どうしてもできることが限られる。


「うへぇ。マジどうやって生きてんだよ。勉強とかどうしてんの? 俺らももう春から受験生だぜ? 俺前の期末テストとか端末AIに出題問題予想してもらったわw」


「え、勉強って……。勉強にAI使っちゃダメって先生言ってなかった?」


「んなのバレっかよぉ。今時自力でテスト受けてる奴なんて一人も居ないって」


「そうそう。ってか聞いた? 二組の町田、あたま思考加速アクセラチップ埋めてたって」


「マジで!? 脳にチップそういう系って卒業まで禁止じゃん。バレてんのウケるぅ」


「なー。受験どうすんだろ」


 笑い合いながら適当に商品を手に取った二人は、レジではなくコンビニの外へ向かった。コンビニを出ると共にピピッという音と共に自動決済される。

 今時、決済機能を体に内蔵していない人間なんてほぼ居ない。昨夜からの通信障害が回復した今、レジに並ぶなんてことはしなくて良いのだ。

 しかしトオルは違う。


「あ、待って待って」

 慌てて無人レジを操作して現金を払い、待たしている友人を追った。


 ◆


 その後、友人と別れたトオルは家へ向けてトボトボと歩いていた。

 家に帰っても誰も居ない。一年前に母親は亡くなっている。父親は昔から居ない。トオルが小学生の頃は居たような気がするが、昔過ぎて記憶が曖昧だ。


 母親が亡くなった当時、トオルはあまり悲しめない自分にとても驚いた。自分に尽くしてくれた母親に感謝の念は絶えないが、それだけだったのだ。仕事ばかりであまり顔を合わす時間が少なかったからだろうか。自分には何か重要な感情が欠けているのかもしれない。そんな風にも思ったものだ。

 淡白なトオルはそんな驚きすら急速に薄れていった。


 親は居ないが幸い高校を卒業する程度のお金は残してもらえた。しかし大学進学は無理過ぎる。今は高校二年、あと一年と少しで就職先を決めないと将来が危うい。

 だからトオルは最近いつも憂鬱だ。感情が少しおかしいと自覚するトオルでも憂鬱からは逃げられないらしい。


「はぁーぁ。どっかに端末AI落ちてないかなぁ」


 トオルは最近、一人きりになると独り言が多くなった。何かをする際にその行動内容を無意識に口に出して言ってしまうのだ。

 トオルは端末AIが欲しかった。端末AIは話し相手になってくれるからだ。端末AIがあれば家に帰っても一人きりにならずにすむ。


「って、うわ! 人が倒れてる!?」


 ゴミ置き場に倒れた人を見付けたトオルは驚いた。

 そして助けるか一瞬迷う。トオルはそこそこ善人ではあるが聖人ではない。このような怪しい状況、関わり合いになると後々自身が危険になるかもしれないと思ったのだ。

 しかし人命に関わるのでトオルは仕方なく近付くことにした。


「って、なんだ。ロボットじゃん」


 倒れていたのは少女型ヒューマノイドだった。外観年齢はトオルと同年代に見える。


「……ロボットだよね?」


 今の時代、体を機械化している人間は珍しくない。やり過ぎて見た目がほぼロボットになってしまったサイボーグと呼べるような者も居るのだ。

 しかしトオルはこれはサイボーグではないと判断した。中身が人間ではないのに見た目がほぼ人間という、アンドロイドと呼ばれるモノも珍しくはないが、いくら見た目がロボットであろうと動かなくなった場合、人間なら葬式をして埋葬するだろう。燃えるゴミとして出す筈がない。

 ゴミとして捨てられているのだから、これはロボットだ。トオルはそう思った。


 この時間にゴミが残っているということは朝に回収する自治体のゴミ置き場ではなく、別に回収業者と契約しているこの周辺の集合住宅専用のゴミ置き場なのだろう。

 少女型ロボットはゴミに埋もれており遠くからは見えづらい。トオルが見付けたのは偶然だった。


 少女型ロボットの足をトオルは自身の足でつつく。しかしロボットは無反応。やはり壊れて動かなくなったから捨てられたのか。


「わ、かわいい」


 下から覗き込むようにして少女型ロボットの顔を確認したトオルは再度驚いた。とても可愛いらしいのだ。大部分の表面材質は金属なのに造形が素晴らしい。

 全く動かないがまぶたがないため目は開いている。そして顔が金属製なのに対し頭には美しい銀色の毛髪が生えていた。肩に届くかどうかのショートカットだ。


 超高級ハイエンドアンドロイドは表面が人口肌に覆われ本当の人間に見えるモノもあるのだが、これはそうではない。なのにここまで可愛いのは凄いとトオルは感動した。

 そしてムクムクと欲が湧いてくる。捨てられているのだから拾って帰っても良いんじゃないか? 一度そのような考えが出てしまってからトオルはその欲をどうしても抑えきれなくなった。


 人間と同じ形をしていれば人間と同じ環境で同じ道具を扱える利点がある。どうしてわざわざロボットを人型にするのかの理由としてそう説明されることが多いが、トオルは結局人間の性欲がロボットに人型を求めるのだと思った。


 トオルの鼻に生ゴミの異臭が届く。しかしそれでもトオルはその場から動けない。

 トオルは平静を装って右を見た。誰もいない。左も、誰も居ない。振り返って周りを見渡して、それでも誰も居らず、しかし上を見上げてトオルは表情をゆがめた。


 監視カメラだ。

 物言わぬ筈のカメラがまるで見ているぞと言っているようで、トオルは少女型ロボットを拾って返るのを諦めようとした。しかし足が動かない。もう一度周りを確認する。昼下がりだった筈なのに、いつの間にか空が赤く染まってきていた。


 ◆


「や、やってしまった」


 安アパートの自宅に背負ってきた少女型ロボットを下ろし、トオルはそう呟いた。結局諦めきれず、監視カメラに見られているのを全力で気にしない振りをして背負ってきたのだ。道中誰にも見られなかったのは幸いだった。


 電気を点ける前の暗い部屋で、トオルは少女の体が所々赤く光っていることに気付いた。壊れていない? もしかして起動できるのか? そう思ってトオルは鼓動が高鳴るのを感じた。まるで心臓が口から出てきてしまいそうだと。


 どうにか起動できないかとトオルは少女の体を隅々まで調べてみた。

 少女は服を着ていないが、裸という訳でもない。なぜなら全身の大部分は金属製であり、服を着ていないその姿は淫らさではなくかっこ良さを体現している。


「うーん、全然分からないや。とりあえず風呂入って、それからこのロボも全身洗おう。水拭きしても大丈夫だよね? サビたりするのかな。ってか髪の毛どうしよ。シャンプーする?」


 ――ピンポーン


「すみません、お届け物です!」


 トオルが逡巡しているとドアチャイムが鳴り配達を知らせる声が響いた。しかしトオルは訝しむ。何か配達されてくるようなことを頼んだ覚えはなかったからだ。現金購入しかできないトオルはネット通販なんて使えない。親切に何かを送ってきてくれる身寄りもない。


 しかし響いた声は、よく聞く大手配送業者の配達ロボのそれだ。だから変に思いつつもトオルは返事をして対応しようとした。誤配送か何かだと思ったから。

 しかし――、トオルは突然口を塞がれた。


「返事をしては駄目です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る