第28話 目撃者の事

「円花さん、待って」

 先を行く円花さんを呼び止める。


 僕は覚悟を決めた。誰かを喪う覚悟じゃなくて、円花さんの命を守る覚悟を。

 できるか、できないかじゃない。やってみたい。

 チャンスはたった一度。失敗するかもしれない。でもやってみる価値はある。やりもせず諦めるのは、僕は嫌だ。


「円花さんってば!」

 円花さんは止まらない。ずんずんと歩いていく。

 意外と頑固だな。

 僕は走る。走って円花さんの手を取った。

 くそっ、透けている。この手を取ることも、繋ぐこともできないなんて。


「円花さん!」

 前方に回り込んで、行く手をさえぎった。

 やっと足を止めてくれたけど、円花さんは今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 眉を寄せ、唇をかみしめている。


「私ね、涙が出ないの‥‥‥いっぱい泣きたいのに、涙がでない。こんなの‥‥‥こんなの嫌だよ!」


 円花さんの叫び声に、僕の心臓がぎゅっと切なく縮む。

 この小さな体を抱きしめたい。僕の胸で、気がすむまで泣いて欲しい。


「円花さん、できることをやってみようよ。たった一度しかないチャンスを使おう」

「でも、でも‥‥‥」

 小さい子みたいに、頭を振る円花さん。

 涙が流れていたら、泣きじゃくっていたんだろうな。


「方法を探そう。そのために、情報が必要だと思うんだ。円花さんの記憶が、必要なんだよ」

「私の、記憶?」

 絶望が溢れた瞳に、ほんの少しだけ希望の光が宿る。


「そう、つらいと思うけど、あの事故の記憶を探そう。円花さんが思い出すんだよ」

 円花さんは迷う素振りを見せたけど、僕の頼みを受け入れてくれた。

「わかった。でも、もし、ユージくんの大切な人がいなくなる可能性しか残らなかった時は、諦めよう。私はユージくんに悲しい思いをして欲しくないの」

「わかった。その時は、諦める」

 本当に諦められるかはわかないけど、円花さんの協力を得るために僕は頷いてみせた。


 一緒に帰ってきた僕たちは、例の交差点に来た。

 こちら側と向こう側に待っている人がいるのに、車が止まる気配がない。

 乗用車、トラック、大型バイクが、スピードをゆるめることなく通過する。


「クラブでも、ここを渡る時は注意するように言われたな」

 交差点を見ながら、円花さんが教えてくれる。

「必ず止まって、すべての車が通り過ぎるのを待ちなさい。車が完全に止まってくれたら、どこからも車が来ないかを確認してから渡るようにって」


 円花さんの口調がはっきりとしたものになっていた。死因以外は覚えていると告白して隠す必要がなくなったからか、思い出すフリがなくなっている。

 すべての車がいなくなってから、待っている人たちが左右を確認して足早に渡って行った。

 僕たちも、あとに続く。


「円花さん?」

 横断歩道を渡り切り、道路沿いに歩き出したところで円花さんが足を止めた。今渡ってきたほうの道路の歩道に目をやっている。


「知り合いでもいた?」

「ううん」

 違う言うわりには、歩道を歩く人物にずっと視線を送っている。


「あ、あの人」

 僕の知っている人だった。

「ユージくん、知り合いなの?」

 訊ねる声が、震えている気がするんだけど。どうしたんだろう?


「知り合いじゃないけど。あの男の人、円花さんの事故を目撃して、証言した人だよ」

「事故の証言?」

「うん。救急車とか警察呼んだのは自分で、目撃証言をしたって言ってた」


「――う」


「え?」

 言葉が耳に届かなくて、訊き返す。


「違う! たしかに事故の目撃者だけど、それは、すぐ目の前で事故を見ていたからだよ」

 円花さんが声を張って僕に訴えようとしている。けれど、何を言おうとしているのかわからない。何が違うんだろう。


「うん。そうだね。事故を見てないと証言できないけど‥‥‥」

「そうじゃなくって! 私――」

 円花さんは、自分の体を抱くように腕を回した。


「大丈夫?」

「私、あの人から逃げるために、ここを渡った」

 怯えていた。さっきよりも声をもっと震わせて。


「逃げるため?」

「怖かったの、あの人が。だから確認せずに、飛び出して、そして‥‥‥あーーーーー」


 悲鳴を上げて、円花さんが座りこむ。

 僕の耳もきーんと耳鳴りがして、気分が悪くなった。



   次回⇒29話 天秤

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