第20話 不機嫌な円花さん

 母の体調が落ち着いた、美容室の定休日。学校から戻ってから、僕は母さんに髪を切ってもらった。


「本当に、いいのね」

 母さんは『本当に』の部分を強調して、何度も確認してきた。


「いい。思いっきりやって」

「私的には、ざっくり切るの楽しいのよ。でも怖くもあるの。後から切り過ぎだって文句言わないでね」


「言わないよ。一筆書く?」

「書かなくていい」

 すったもんだの後、母さんは僕の髪にハサミをいれた。


「あら。いいじゃない」

 後ろから鏡越しの僕を見て、母さんはにこりと微笑んだ。


 僕はすっきりした髪に手櫛を通す。

 ツーブロックにしたサイドはすっきりし、トップの長さは眉の少し上。前髪を分けて額が出るようにスタイリングしてもらった。


「爽やかでとってもいいよ。ユージくんに似合ってる」

 円花さんにも褒められて、顔が熱くなる。

 スマホでヘアカタログのサイトを見ながら、円花さんに選んでもらった髪型だった。


「明日から、自分でスタイリングするのよ」


 翌朝、母さんにもらったスタイリング剤を使い、鏡の前で奮闘した。

 髪型を変えたことで、僕の心は少し軽くなっていた。今までは隠すことばかりを考えてきたけど、思い切って出すことで、気持ちがすっきりしていた。


 いざ登校してみると、道端の幽霊が見えなくなっているわけではなかった。でも、今までほど気にならずに、足を進められた。


 教室に入ると、「え? 誰?」「クラスにいた?」という声が上がった。

 視線を感じながら僕が席に着くと、「ええ? 瀬戸?」「顔初めて見た」と教室がざわめいた。

 朝のホームルームで、担任から「瀬戸! やっと髪切ったか! さっぱりしてていいじゃないか」と声を掛けられて、恥ずかしかった。


 昼休み、僕はひとりで弁当を食べる。自分の席で。食べ終わると、スマホでボカロ曲を聴く。これが僕の日常だ。

 今日はそれが崩れた。


「ねえねえ、どうして髪切ったの?」

「失恋? 男子も失恋で髪切るの?」

「似合ってるから、絶対こっちのがいいよ」


 かしましい女子グループに囲まれ、ネタにされた。

 僕の席の前後と左隣は女子の席で、集まってきた女子グループからの質問責めにあった。


 口を挟む余地がほとんどないほど彼女たちはしゃべり倒し、かつ僕は食べているので返答が難しい。

 食べながら話すって難しくないか、と彼女たちを見て思う。


「瀬戸っちって、意外にカワイイ顔してるよねえ」

「口の少し下にホクロある。なんかセクシーなんだけど」

「ほんとだ。かわいいー」


 きゃいきゃい勝手に騒いでネタにされ、いたたまれなくなった僕は、食べ終わるとすぐに席を離れた。

 教室を飛び出し、旧校舎の屋上に向かう。


「なんだよ。いきなり」

 クラス内の態度が急に変わるとは想像もしてなかったから、落ち着かない。


「髪切ったぐらいで、騒ぐなよな」

「モテ期到来だね」

 耳元で、声がかけられる。


 円花さんがついてきていた。なぜか僕の正面に座る。

 そして僕の顔をじーっと見てくる。にこりともせずに。

 どうして非難するような目で見てくるんだろう。気のせいか、頬がわずかに膨らんでいるような。飴でも食べたのか。そんなわけないか。


「モテ期じゃないよ。あれは珍しくていじってるだけ。動物園のパンダみたいなもんだよ。隠れてたのが公開されたから」

「カワイイ顔してるって」


「知らないよ。勝手に言ってるだけさ」

 円花さんが突っかかってくる。こんな彼女は初めてだ。

 不機嫌の理由がわからなくて戸惑う。


「こんなことなら、前の髪型の方が良かったかも」

 勧めてくれた髪型なのに、それを否定するなんて。

 切るんじゃなかったとは思わない。だけど円花さんの態度はとても残念だ。


 不機嫌の理由を知りたくて訊ねようとした時、

「ねえ、デートしようよ」

「は?」

 円花さんから出てきた言葉に、僕はあんぐり口を開けたまま固まった。




   次回⇒20話 水族館で初デート

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