第10話 デート

「戦闘も終わったことですし…労いを兼ねて街に遊びに行きませんか?」

銀髪の少女は、普段の凛とした空気を少し崩し、まるで年相応の娘のように首をかしげる。

瑞稀は思わず口角を上げた。

「デートってやつ?」

その瞬間、ヒュプシュの頬がぱっと赤くなる。

「ち、違います!」

否定の声は森に吸い込まれ、鳥が一羽、驚いたように飛び立った。

「じゃあなんなんだ?」

瑞稀はわざと歩幅をゆっくりにして、彼女の反応を楽しむ。

ヒュプシュは視線を逸らし、森の出口に続く光を見つめながら小声で言った。

「戦いの後は...こうして誰かと歩きたい時もあるのです」

森を抜けると、遠くに街の屋根と白壁が見えた。風が吹き、焦げた匂いが少しずつ新しい空気に変わる。

瑞稀は尋ねる。

「どこへ行こうか」

「食べて、遊んで...子供の頃から街中で遊ぶことが憧れでした。どこへでも...いろいろな場所を回りましょう」

街の大通りにて。「見てください、瑞稀さん。あれは…くじ引きです」

ヒュプシュが指さした先には、木製の回転式ガラガラと笑顔の店主。

景品棚にはぬいぐるみや菓子箱、そしてやたらと目立つ赤い札――特賞がぶら下がっている。

「せっかくだしやってみるか」

瑞稀は木箱のハンドルを回し、金色の玉がカランと落ちた。

店主の目が丸くなる。

「お客さん! 特賞です!!」

周囲の客がざわめく。

差し出された景品は、銀糸で縁取りされた小箱。

その中には、細工の細かいペアのブレスレットが収まっていた。

瑞稀はニヤリと笑い、横の少女を見やる。

「...偶然だな。片方、つける?」

ヒュプシュは一瞬で耳まで真っ赤になる。

「こ、これは...その...縁結びの品と説明書に書いてありますが!」

ヒュプシュは視線を逸らし、蚊の鳴くような声で

「……外でつけるのは、ちょっと……」

「じゃあ俺の部屋で?」

「違います!」

通りに響く声と同時に、周りの屋台の客たちがクスクス笑う。

瑞稀は肩をすくめ、小箱を大事そうにしまい込む。

「ま、いつかつけてやる」

ヒュプシュは言い返せず、ただ早足で前を歩く。

ヒュプシュの長い髪の隙間から、真っ赤な耳が見え隠れしていた。

通りを進むと、屋台の喧騒の端で小さな泣き声が聞こえた。

振り向けば、土埃の中に座り込む幼い女の子。手首にはほつれた紐飾りがぶら下がっている。

ヒュプシュがしゃがみ込んで声をかける。

「どうしたのですか?」

女の子は鼻をすすりながら、小箱からのぞく銀の輝きを見つめた。

「...それ、きれい」

瑞稀は一瞬だけヒュプシュと目を合わせ、それから笑って箱を開けた。

「ほら、こっちはお前のだ」

青年は一つを取り出し、子供の手首にそっとはめてやる。

ヒュプシュはわずかにためらったが、やがて柔らかく微笑み、残りのブレスレットを子供の手に乗せた。

女の子はぱっと笑顔になり、小さな手を振って走り去った。

瑞稀は軽く肩を竦めた。

「いいのか?縁結び...はいいとして、綺麗なブレスレットだったのに」

ヒュプシュは前を向いたまま、静かに言った。

「...いいんです。もともとただでしたし。瑞稀さんこそいいんですか?せっかく当てたのに...」

「俺にあんなブレスレットは似合わねえよ」

街はいまだ騒がしかったが、二人はそれすら気にならなかった。

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