第30話 幼馴染と修学旅行 二日目⑧


浅葱あさぎさん」


 ――と声をかけられたのは、幼馴染が姿を消した直後のことだった。

 声をかけてきたのは、クラスメイトの男子。


 たしか名前は南雲なぐもくんだったはず。

 どこかの運動部に所属しており、爽やかな見た目と穏やかな性格を女子たちが話題に挙げているのを耳にしたことがある。


「……南雲くんたちの班も来てたんだね」


 竹林の小径こみちに、同じ高校の生徒が来ているのは分かっていた。

 その時点でクラスメイトの存在も考慮すべきだったのだろうが、告白イベントばかりに気を取られて油断していた。


 いや、クラスメイトがいること自体は別に問題じゃない。

 このタイミングで声をかけられてしまったことが問題なのだ。


 言うまでもなく、告白しているところなんて誰にも見られたくない。

 もし振られるところを同級生に見られでもしたら、学校に行けなくなってしまう。

 そう考えると、学校で告白してきた男子たちは相当な勇気の持ち主だったのかと改めて感心させられる。


 というか、そもそも幼馴染はどこに消えてしまったのか。

 南雲くんに声をかけられる直前までは間違いなく隣を歩いていたはずなのに、まさか神隠しにあったとでもいうのか。

 それっぽい雰囲気の場所ではあるが、さすがにそんな非現実的なことはないと信じたい。


「浅葱さんは一人?」

「……ついさっきまでは葵――幼馴染と一緒だったんだけど。南雲くんは他の班メンバーと一緒じゃないの?」

「あ、あぁ、どうにもはぐれちゃったみたいで」


 この一本道ではぐれるとは一体どういうことかと思ったが、自分もまさしく同じ状況であることを思い出して言葉に詰まる。

 やはり神隠しに遭遇してしまったのだろうかと不安に感じていると、南雲くんが「浅葱さんっ!」と呼び掛けてくる。

 振り返ると、真剣な眼差しがこちらを射抜いていた。



「浅葱さんのことが好きだ! 僕と付き合ってくれないか!」



 ――正直、少しだけ嫌な予感はしてた。

 あまりにも南雲くんが現れるタイミングが完璧すぎた。

 つまり、この告白が少なからず仕組まれたものである、ということだ。


 幼馴染がいなくなったのも、この告白をお膳立てするためだったのだ。

 ただ、もし葵が事前にこのことを知っていて協力したとしたら、たぶん何となく察せる程度には挙動不審になっていたと思う。

 恐らく、南雲くんの班メンバーが一瞬の隙を見て連れ去ったのかもしれない。


 でも、葵が本気で抵抗すれば、すぐに戻ってこれないわけがない。

 つまり、葵もこの計画にどこかで協力的な部分があるということになる。


 ……そう考えると、ひどく悲しい気持ちになった。


 陽がさらに傾き、竹林に覆われた道が暗くなっていく。

 そのタイミングで道の両脇がライトアップされ始め、想像していた通りの美しい光景が目の前に広がっていた。


 葵はきっと、私がどんな覚悟をして今ここに立っているのか知らないのだろう。

 あの日、「彼女ができた」と言われて、どれだけショックを受けたかなんて知らないのだろう。


 分かってもらうための努力を怠った自分に責任があることは、頭では分かってる。

 因果応報なんてことは、とうの昔に理解している。


 それでも、これはあんまりだ。

 本気で告白しようと思っていたのに、それすらさせてくれないなんて。

 そんなに私に興味がないということなのだろうか。


 この想いはたぶん報われない。

 彼女がいて、それを裏切るような幼馴染でないことは私が一番分かっていた。

 なのにどうして、私はまだこの気持ちにしがみついているのか。


 違う。しがみついているのではなく、離れられないだけだ。

 幼馴染に対する気持ちを、捨てきれないだけなのだ。


 なんて惨めで、かっこ悪いんだろう。

 思わず涙が溢れてしまいそうだ。


 竹林が風に揺られ、葉が擦れる音が不気味に響く。

 南雲くんは黙ったまま、私の答えをただじっと待ち続けてくれていた。


 ――――もし、私が「彼氏ができた」と言ったら、葵はどんな反応をするだろう。

 あの日の私のように、少しでもショックを受けてくれるだろうか。

 あの日の私のように、「彼氏と別れたら、デートでもしてやろうか?」なんて言ってくれるだろうか。


 不純な動機だということは分かってる。

 相手に失礼なんてことも分かってる。


 言われなくたって、分かっているのだ。

 こんな選択の末に幸せになれるはずがないなんてことは。


 それでも、この想いが報われないなら、いっそ――。



「ちょっと待った」



 その時、聞き馴染みしかない声が不意に降ってくる。

 私たちの前に現れたのは他の誰でもない、私の幼馴染の、梅原葵だった。


「う、梅原、どうしてここに……」

「なんだ、南雲だったのか」


 驚きの声をあげる南雲くんだったが、驚いているのは私も同じだ。

 いったい今までどこに行っていたのか、胸倉を掴んで問いただしたい気分だった。


 急に現れた葵は、私を隠すように南雲くんとの間に身体を割り込ませる。


「お前が良い奴なのは俺も知ってるが、すまん。――――幼馴染はやれん」

「なっ!? 急に出てきて何言ってるんだよ。梅原にそんな権利があるわけ……」

「ああ、そんな権利はない。だからこれはあくまで俺の我儘なんだが」


 そう言って葵は、俯く私の頭をそっと撫でる。


「俺は――幼馴染を幸せにしてくれる奴にしか、夏帆をやるつもりはない」


 柔らかい口調で、それでもはっきりと自分の考えを示す葵。


「僕にはそれが出来ないと?」

「残念ながら」

「……確かに、その通りみたいだ」


 何をもって納得してくれたのかは分からないが、南雲くんは諦めたように笑う。


「悪いな、まじで」

「いや、すっきりしたよ。それに、こっちこそ面倒かけたみたいでごめんな」

「……お前にお似合いのやつなら、案外近くにいるみたいだぞ」

「失恋直後にそんな話する?」


 信じられないと言いつつも満足げな南雲くんが、私たちが来た道を戻っていく。

 残されたのは、私と幼馴染のふたり。

 気付けば陽はほとんど沈み、仄かな照明だけが辺りを照らしている。


「じゃあ、そろそろ行くか」


 いつものように笑いかけてくれる幼馴染に、心臓がひどく痛かった。

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