第25話 幼馴染と修学旅行 二日目③
穴があったら入りたい。
──と思ったのは、本日ランチの時だった。
今日は修学旅行二日目。
魅力的な伏見稲荷大社の観光を終えた後、次の観光場所に向かう前にランチを食べることになった。
京都らしい場所がいいという満場一致の意見のもと、人気の和食屋に入った。
そこの料理はとても美味しく、注文した湯豆腐はいい意味でイメージと異なる濃厚な味だったし、人生初めての湯葉の不思議な食感は思い出のひとつと言える。
そんな楽しいランチの場で、俺と夏帆はお互いに「あーん」をしてしまった。
普段なら絶対にそんなことはしないはずなのに、修学旅行ということで浮かれていたということと、以前のデートの時に一度やっていたということもあって、何気なくやってしまったのだ。
それだけならまだ後で思い出して悶え死ぬだけで済んだのだが、その場面を雅也と三浦にばっちり見られてしまったのが問題だった。
顔から火が出そうな羞恥心に襲われたのは言うまでもないだろう。
あーんの件について雅也から散々
もしそうなったら、次のテストの時には勉強を教えてやらないことにしよう。
さて、そんな俺たちは今、次の目的地だった映画村に来ていた。
しかし、隣にいるのは雅也だけで、女子二人の姿は見えない。
というのも、映画村に来ることが分かった時点から予定していた着物レンタルをしに来たのである。
俺と雅也は既に着付けが終わって、店の外の景観を楽しんでいるところだった。
女子の方が着付けに時間がかかるのか、まだ店から出てくる気配はない。
「着物ってたぶん初めて着たと思うけど、案外悪くないね。葵も似合ってるよ」
「野郎に褒められてもな。まあ確かに、思った以上に着心地は悪くない。意外と動きやすいし」
雅也は赤っぽい着物を、俺は紺色のシンプルな着物を選んだ。
初めは男の着物とはどうなんだろうかという心配もあったが、映画村の日本風な景観とマッチしていて、むしろ制服でいるより違和感がない。
「ねえねえ、折角だし写真撮ってくれない?」
「一人でか? まあ良いが」
雅也は面だけは良いので、着物もよく似合っている。
写真だけ見たら多くの女子たちも騙されてしまいそうだと心配しつつ、周りの風景とあわせて写真を撮る。
我ながら上手く撮れたのではないかと見せると、雅也も満足そうに親指を立てる。
「どうせなら葵も撮ってあげるよ」
「はあ? 俺は別にいいよ」
「記念なんだからさ! みんなとは後で撮るだろうけど、どうせならソロでも撮っとこうぜっ!」
雅也に催促されるままに、仕方なく写真を撮ってもらう。
撮れた写真を見せてもらったが、腕を組んだ仏頂面の男が写っているだけだった。
「あとで夏帆ちゃんにあげようかなぁ」
「なんでだよ。別にいらないだろ」
「そう? 僕的にはそんなことないと思うんだけど」
俺のスマホではなく、雅也のスマホで撮らせたのは失敗だった。
余計なことをしようとする悪友に思わずため息がこぼれる。
夏帆の華やかな着物姿ならともかく、俺の写真に価値があるとは思えない。
「そういえば、ふたりって本当に付き合ってないんだよね?」
「ふたり?」
「葵と夏帆ちゃん以外にいないでしょ」
ふいに雅也が訳のわからないことを聞いてくる。
「なんでそんなこと思うかなぁ」
「逆に思わない方が不思議だと思うけど」
「普通に考えて俺と夏帆じゃ釣り合ってないだろ」
「釣り合いとか今時考えてるカップルなんている?」
「夏帆とはただの幼馴染だよ。あいつだってそう言ってるだろ」
悪友が「あれはそういうんじゃないと思うんだけどなぁ」と食い下がるが、幼馴染のことをよく理解しているという自負がある俺からすれば、勘違いもいいところだ。
そこで雅也が何やら思い出したように恐る恐る聞いてくる。
「……今更だけど、
「あの嘘って、彼女ができたってやつか? もちろんまだ続いてるぞ。新幹線の中でも夏帆が言ってただろ」
「うわぁ、そういえばそうだった」
ババ抜きでの夏帆の発言を振り返り、悪友が苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……もしかしてだけど、おもかる石でそれについて何かお願いとかした?」
「こわっ!? お前エスパー?」
「したんだぁ……」
「ネタばらしの時に平穏に済みますように、ってお願いしたんだ」
「そりゃ重いはずだよ……」
何やら恐ろしいものを見るような目を向けられるが、俺としては願い事の内容を当てられたことの方が百倍恐ろしい。
一瞬本当に超能力かなにかで頭の中を覗かれたのかと思ったくらいだ。
「悪いことは言わないから、ネタばらしはなるべく早くした方がいいと思うよ」
「ああ、心配しなくても修学旅行中にタイミングを見てネタばらししようと思ってたところだ」
「それならまあ……半殺しくらいで済むかな」
後半が何を言っているのか聞き取れなかったが、そこまで心配されるようなことでもないだろう。
多少怒られるのは覚悟しているが、いくら傍若無人な夏帆でも、ただの幼馴染が「彼女ができた」と嘘をついていた程度でブチ切れたりはしないはずだ。
「──お待たせ〜!」
タイミングよく、夏帆たちが店から出てくる。
幼馴染の声に振り返った俺は、その姿に思わず固まってしまった。
淡い碧色の布地に花柄のアクセントがあしらわれた着物に身を包んだ夏帆。
いつも見ている幼馴染とはまるで別人な雰囲気に、自然と目を奪われていた。
「ど、どうかな?」
「……似合ってるんじゃないか?」
「えへへ、そうかな? 葵も似合ってるじゃん」
「お、おう」
必死に平静を装いながら何とか応える。
ここで少しでも狼狽えたら、「私に見惚れてたんでしょ〜」などと馬鹿にされてしまうのは想像に難くない。
「私はどう?」
「あー、全体的にちっこくて可愛いな」
「それ褒めてるの?」
感想を求めてきたので答えたら、三浦が少し不満そうにパンチしてくる。
しっかり褒めたというのに、訳がわからない。
「それじゃあ早速、映画村を見て回ろっか!」
「行こ〜!」
満を持して映画村の観光がスタートし、夏帆が当たり前のように隣にやってくる。
俺は決して悟られないように、幼馴染の着物姿を改めて横目で盗み見る。
着物姿の女の子であればテレビでも見かけるし、この修学旅行中の京都でも着物美人と呼ばれていそうな子を何人も見てきた。
しかし、正直言って隣を歩く幼馴染が一番似合っていると言わざるを得ない。
今までも幾度となく思ってきたことだが、こいつの見た目の良さだけは本当に反則級である。
さっきは冗談のつもりで「夏帆の写真なら〜」などと思っていたが、まず間違いなく学校の男子たちには高値で売れるだろう。
──などと思っていると、同じく横目で見てきた幼馴染と目が合う。
ここで目を逸らしたら馬鹿にされかねないので目を合わせていると、笑みを浮かべながら耳元に口を寄せて囁く。
「あとでツーショット撮ろっ」
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