第10話 幼馴染を避けてしまった
「そろそろ起きないと遅刻するわよ!」
――と、いつもなら幼馴染を起こしている時間なのだが、今日はひとりで登校していた。
途中で声をかけてきた数名の男子をあしらい、自分のクラスに到着。
始業までの時間はまだそこそこあるものの、クラスには既に半分以上の生徒たちが揃っていた。
「
「おはよう、
小柄な体型でダウナーな雰囲気を漂わせる梓だが、一部の男子から熱狂的な支持を集めており、たまに貢ぎ物的なものを貰っているのを見かける。
「あれ、今日は旦那は一緒じゃないんだ」
「旦那って……。別に、あいつはそういうんじゃないから」
「ふーん、じゃあこれはなに?」
自分の席に着いた私に、梓が何やらスマホを見せつけてくる。
「なっ!? こ、これは……」
そこに映し出されていたのは、一枚の男女の写真だった。
男の子の方は買い物袋を持ち、女の子の方は可愛げのある縫いぐるみを抱えている。
特徴的なのは、その二人が仲睦まじそうに手を繋いでいるところだろう。
それは、どこからどう見ても私と葵の二人だった。
「尾行してたの!?」
「まさか。ショッピングモールで買い物してたら、偶然見かけただけ。でもこれ、明らかにデートしてる男女の雰囲気だよね?」
「うっ、それは……」
デート、という単語に反応して、周りの女子たちも興味ありげに集まってくる。
「えぇ! 夏帆ちゃんデートしたの!?」
「だ、誰と!? もしかして金曜日に告白されたっていうサッカー部の人っ?」
「あれ、その人は振ったって聞いたけど」
「この写真の人って……
「いつも制服のイメージだったけど、私服だと雰囲気変わるんだねぇ。なんかちょっとカッコいいかも」
「えっ、二人って付き合ってるの?」
予想外の事態に、慌てて梓のスマホを片付けさせる。
「そ、そんなんじゃないから! デ、デートはしたけど、向こうに誘われたからで」
「えー、でも夏帆ちゃんって男子たちの誘いは基本断ってるんだよね?」
「あ、あいつとは幼馴染だから。に、荷物持ちにちょうど良いし」
クラスメイトから疑念の視線を向けられるが、何とか誤魔化す。
私に注目が集まるのはともかく、葵にまで意識が向いてしまうのは嫌だ。
ただでさえ彼女ができてしまったというのに、これ以上厄介な相手を増やしたくない。
「いつもは夏帆が無理やり引っ張ってるイメージだったけど、案外仲良くやってるんだね。……あれ、でもじゃあどうして今日は一緒に登校してないの? 毎朝起こしに行ってるんでしょ?」
「そういえば梅原くんまだ来てないね」
「毎朝、浅葱さんと一緒のイメージだったけど、起こしに行ってあげてたんだ」
余計な一言を呟く梓を睨みながら、クラスメイトの質問に対する最適解を探す。
「あー……忘れた」
「えーなにそれー」
とても最適解と呼べる代物ではなかったが、本当にそれ以外思いつかなかった。
もちろん、ちゃんと理由はある。
いくら私でも彼女持ちの男子の部屋にずかずか入っていくような真似はできない。
……――というのは建前である。
本当は、昨日の一件があったせいで幼馴染の顔をちゃんと見れる自信がなかっただけだ。
『せっかくのデートだからな。家まで送ってくよ』
色々あったけど、やっぱり帰り道でのあれはズルかった。
普段はいの一番に帰りたがるくせに、昨日に限ってあんなこと言うなんて、狙ってやってるとしか思えない。
お陰で私も「またデートしようね」なんて言ってしまうし。
帰ってからどれだけ顔を火照らせていたか、教えてやりたいくらいだ。
「……喧嘩でもした?」
「別に、喧嘩はしてない。ほんとに何でもないから」
心配げな梓にそう答えるが、今の状況は正直かなり複雑だ。
いっそのこと現状を相談してみるというのはどうだろう。
三人寄れば文殊の知恵とも言うし、自分じゃ思いつかないことを色々聞けるかもしれない。
しかし、クラスメイトを前に今さら「幼馴染のことが好きなんです」とは言い出しづらい。
それに現状を説明すれば、彼女持ちの男にアタックする酷い女として晒し者になる可能性だって大いにあり得る。
「…………」
あとは単純に、自分の弱い部分をあまり見せたくなかった。
「おはー」
その時、クラスに響いた声をたぶん一番敏感に聞き取る。
それは決して聞き間違えるはずもない、幼馴染の声だった。
葵は友人と何やら一言二言話してから、自分の席――私の隣の席にやって来る。
今まで散々騒いでいた周りのクラスメイトたちは、渦中の人物の登場に事の成り行きを静かに見守っている。
「よっす」
「あ、おはよ」
「今朝はうちに来なかったんだな」
「あー……忘れてた」
「そか」
努めて平静を装いながら、無難な答えを返す。
クラスメイトからは不思議がられた「忘れた」についても、葵は特に違和感を感じている様子もなく納得したように頷く。
普段はその鈍さにヤキモキさせられているが、こういう時だけは正直助かる。
「てっきりお前になんかあったのかと思って一応連絡は入れといたんだけど」
「え、うそ。ごめん、それはホントに気付かなかった」
「いや、何もないなら
慌ててスマホを確かめると、確かに幼馴染からの心配の連絡が一件入っている。
ぶっちゃけ、けっこう嬉しい。
思わず心配の連絡を記念にスクショしてしまうくらいには嬉しかった。
何か葵にお礼でも伝えるべきだろうかと悩んでいると、ちょうど担任の先生が教室に入ってくる。
小動物みたいに小柄なくせに胸だけは立派で、クラスの男子たちから凄まじい人気を集めている若い女の先生だ。
かと言って、真面目でがんばり屋な性格と、生徒に寄り添ったスタイルから女子の人気も普通に高い。
私としては、その胸を少しだけ分けて欲しいといった願望があるくらいだ。
それまで私達を黙って見守っていた女子たちも、ぞろぞろと自分たちの席に戻っていく。
私としては、ようやく解放されたような晴れ晴れとした気分だ。
「梓、待って」
「……なに?」
しかし、その内のひとりだけを呼び止める。
どうしても言っておかなければならないことがあったのだ。
「べ、別に深い意味はないんだけど、後でさっきの写真送っといて」
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