第7話 幼馴染をデートに誘ってしまった②


「とりあえず、デートしてみよう」


 ――と、幼馴染に提案してしまったわけだが、人生初のデートは意外にも順調だった。

 といってもまだ無事に集合して、食事を軽く済ませただけなのだが。


「やけにご機嫌だな」

「え~、そんなことないよ~?」


 幼馴染は否定するが、その緩みきった頬からはどうしたって隠しきれない機嫌の良さが滲み出ている。

 ついでに言えば、実は機嫌が良いのは俺も同じだった。

 なにせついさっき、人生初の「あーん」を堪能してきたばかりなのだ。

 表情に出ないよう必死に抑えてはいるが、内心ではまさにフィーバー状態である。


 全男子の憧れといっても過言ではない、異性からの「あーん」は正直期待以上のものだった。

 いつもがどれだけ傍若無人でも外面だけは素晴らしい浅葱夏帆あさぎなつほによる「あーん」は、学校の男子たちならばお金を払ってでもして欲しいと思うに違いない。


 ただ、唯一の条件として「彼女と別れる」ことを提示したきたのには焦った。

 幼馴染が下僕的存在の俺を彼女(嘘)から取り戻そうとしていることは把握していたつもりだったが、まさか全男子の憧れの一つ「あーん」を取引材料にしてくるとは、その交渉術の高さに脱帽である。


 しかし、下僕扱いに逆戻りすることだけは避けたかった俺は、断腸の思いで「……あーんしてくれたら、こっちもあーんしてやろうと思ったのになぁ」と諦めたのだが、どういうわけか幼馴染は急に条件を取り下げ、あーんしてもらえることに成功した。


 強いて問題があったとすれば、何気にこちらがあーんするのは恥ずかしいなぁと忘れたフリをしていたら、幼馴染にあーんを催促されたくらいのことだろうか。

 思い返せば、タマゴサンドを食べた後あたりから夏帆の機嫌もすこぶる良くなっていた気がする。

 さては、よっぽどタマゴサンドがお気に召したに違いない。


 相変わらずご機嫌な様子の幼馴染を見る。

 いつもこれくらい可愛げがあれば、多少こき使われても文句はないのだが。

 もし彼女(嘘)と別れれば、きっとまた以前のような下僕扱いに戻るのだろう。

 やはり彼女(嘘)との恋人関係は何としても維持しなければいけなさそうだ。


 喫茶店を出た俺たちは再び大通りまで戻る。

 車通りは多いが、春の心地いい陽気が少し膨れたお腹にちょうどいい。


「次は、ショッピングモールで良いんだよな?」

「うん、服見たい」

「それは別に良いんだけど……何してんだ?」


 次の目的地がはっきりしているというのに、なぜか夏帆はその場から動かない。

 もしかして靴擦れでもしたのかと心配して見てみるが、どうにもそんな感じでも無さそう。


「んっ!」


 可愛い顔で少し唇を尖らせながら、その手を差し出してくる。

 いくら友人たちから「人の気持ちが分からない奴」と言われている俺といえど、その意図はさすがに察することができた。


「よしっ!」


 手を握られた幼馴染は満足そうな表情で、俺の隣までやって来る。

 随分あざといというか、これも俺を彼女(嘘)から引き離すために動揺を誘う作戦の一つなのか。

 だとしたら、悔しいが効果はそこそこあったと認めざるを得ないだろう。

 まあ可愛い女の子と手を繋ぐ機会を逃すくらいであれば、それが罠だったとしても手を差し伸べるくらいのことはする心づもりではあるが。


 それから数分だけ大通りを歩き、道沿いにあるショッピングモールに到着した。

 ここについては以前からしばしば夏帆の買い物に付き合わされて連れてこられた場所なので、大体の勝手も何となく分かっている。

 お目当ての服屋があるのはモールの二階、東口のエスカレーターを上った先にある。


「んじゃ、俺は外で待っとくから――っと?」


 いつも通りであれば、夏帆が服を吟味している間、俺は店の外のベンチで待っているのだが。

 何やら今日はそうはさせまいと言わんばかりの表情で、繋いでいた手を離そうとしてくれない。


「今日くらいは一緒に店入ろうよ」

「……男の俺が女性向けの服屋に入るのはぶっちゃけ肩身が狭い」

「私と一緒なら別に気にされないと思うけど」

「でも、試着を待ってる時は一人じゃん」

「それはそうかもしれないけど……ほんとに嫌?」


 せっかくの初デートなのだからという幼馴染の考えは理解できるが、やはりあまり気が進まない。

 店員さんや他のお客さんから「なんで男がこんな場所に?」という視線を向けられたら普通に店の外に飛び出してしまう想像ができる。

 渋る俺に、幼馴染が意を決したように口を開く。


「一緒に来てくれるなら、あんたが好きなの着てあげる」

「……ほう」


 それは確かに魅力的な提案だ。


 そもそも俺が店の中についていくのを渋っていた理由は、もちろん他の女性たちからの視線が気になるというのもあるが、ファッションセンスなんて持ち合わせていない俺がお洒落な幼馴染に意見するようなこともないというのも大きい。


 もし「こっちとこっち、どっちが良いと思う?」なんて聞かれた日には、「まじでどっちでもいい」と返す自信がある。

 なにせウチの幼馴染さまは大抵どんな服でも華麗に着こなしてしまうのだ。

 いまさら俺がどうこう言ったところで、といった感じなのである。


 しかし、俺の好みの服となれば話はまた別だ。

 見た目だけは百点の幼馴染がこれまで着てこなかった類のもの、しかも俺が選んだものを着てもらえる機会なんて、そうそう無いだろう。


「よし、ならば行こう」

「なにその口調」


 幼馴染に手を引かれて初めて入った女性向けの服屋は、なんだかさっきまでの共通エリアの空気感と全く違う気がする。


 まず、女の子みたいな香りがする。

 いや、意味が分からないと思われるかもしれないが、女の子ってどういうわけか良い香りがする生き物なわけで。

 もしかしたら彼女たちの隠れた努力の産物なのかもしれないが、とりあえずそんなイメージの香りがした、という話だ。


 次に、共通エリアより若干ひんやりしている。

 やはりむさ苦しい男どもがいないことが関係しているのか、はたまた店舗の空調システムが優秀なだけか。

 男としては、やはり前者の説を推したいところだ。


「さて、何を着てもらいたいかだが……」

「そ、そんなにじっと見ないでよ」


 今日の幼馴染のコーデは……。


 春らしい白のブラウス。

 レースで刺繍された黒のスカート。

 最後にベージュのカーディガン。


 さすがというべきか、一片の隙もないような見事なファッションセンスである。

 最近の女子高校生が凄いのか、うちの幼馴染が華麗に着こなしすぎているだけなのかはともかく、全体的にシンプルかつ清楚なイメージだ。

 今日は特に気合の入っているような装いだが、普段も基本的にはスカートでいる姿を見ることが多い。


「……であれば、やっぱりスカートじゃないのがいいか」


 自分の中でイメージを構築しながら、着て欲しい服を適当に選んでいく。

 見繕った服を幼馴染に渡し、あとは試着室から出てくるのを待つ。

 この試着室の前で待っている時間が、男の俺からするとひどく居心地の悪いもので、できれば早く出てきて欲しいと祈らずにはいられない。


「あら、男の子が彼女さんの服を選んであげてるのかしら」

「初々しくて可愛い~」


 やはり女性向け店舗に男がいることが不自然なのか、周りから何やら視線を向けられているような気がする。

 いっそ試着が終わるまで店の外で待っていようかと思っていた矢先、試着室のカーテンが開く。


「ど、どうかな……?」


 試着室から緊張した様子で出てきた幼馴染は、正直とてもよかった。

 いつもの清楚で可愛いイメージからは一転して、足が長く見えるパンツズボンや、黒色のアウターは全体的に強そうな女の人が着るようなカッコいい仕上がりとなっていた。

 アクセサリーとして渡していたサングラスも、良い塩梅にアクセントとしての役割をまっとうしている。


 我ながら予想以上の出来栄えに、思わず言葉を呑む。

 本当なら多少は似合っているなどの賛辞も送るべきなのだろうが、俺の表情から何となく察してくれたのか夏帆は恥ずかしそうに試着室に戻っていく。


 それから数分後、元の服に戻った幼馴染が試着室から出てきた。


「ん、それ買うのか? 別に試着だけしてもらうつもりだったんだが」

「私も気に入ったの。あんまりこういう服持ってないし。……それに、あんたもこういうのが好きみたいだし」

「なんだって?」


 後半ぼそぼそと呟く幼馴染は、さっきの服をカウンターに持っていって会計を済ませる。

 てっきり自分でも他に何か選ぶのかと思っていたが、そういうわけでも無いらしく、そのまま店を出る。


「本当に他に何も買わなくてよかったのか?」

「んー、服自体は割と足りてはいるし、もともと一着だけ買おうかなって感じだったしね。強いて言えば……新しい下着が欲しいかなぁってくらい?」

「しっ……!?」


 唐突な爆弾発言に振り向くと、幼馴染はにやにやと笑みを浮かべている。


「服を選んでくれたついでに、下着も選んじゃう?」

「なっ!? ……い、いや結構だ」


 自分が選んだ下着を着てくれているシチュエーションは、さすがに憧れずにはいられない。

 非常に魅力的な誘惑ではあったのだが、さすがに俺にはまだレベルが高すぎる。

 もっと経験値を積んでからじゃなければ、途中で力尽きてしまうのは間違いないだろう。


 ただ、自分が選んだものを着てもらうという点だけで言えば――。


「いま買った服、よかったら次に出かける時にでも着てきてくれよ」


 自分としてはいたって何気ない一言だったのだが、幼馴染は心底驚いたようにこちらを振り向く。

 そして、何やら表情が歪むのを必死に耐えているような珍妙な顔で言った。



「……それって、次のデートのお誘いですか?」

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