第2話「異世界の貴族令嬢、レイリア誕生」



 生まれて、初めて見たのは――高い天蓋の天井と、赤毛の女性の微笑みだった。


「……ありがとう、レイリア……よく、来てくれたわね」


 まだ掠れた声でそう言った彼女は、この世界での母――クラリス・フォン・アルステリア。

 燃えるような紅髪に深い翠の瞳、気品と強さを感じさせる美しい女性だった。


(……転生。やっぱり、本当に……)


 白鷺美咲としての意識は、確かに自分の中にある。

 あの真っ白な空間で“何か”と契約を交わし、再び命を得た――その実感が、少しずつ身体に馴染んでいく。


 泣き声は自然に出る。だが、心は落ち着いていた。

 頭の中には、言語と記号が流れ込んでくる。


 母の言葉――この異世界の言語は、音の抑揚や構造が違うはずなのに、何故か“意味”として理解できる。


(言葉が、分かる……?)


 前世の英語や古典の知識に近い感覚。これは“翻訳”ではない。

 もっと根本的に、言語構造そのものを解読しているような感覚だ。


 それはまるで、“頭の中に検索エンジンでも埋め込まれているかのような処理速度”だった。


 数日後。赤子のはずのレイリアは、目の動きと音の反応から異常な知能を見せ始める。


「お嬢様、もう視線を追って……いらっしゃる? ……まさか」


 侍女たちはざわめいた。

 赤子が、音に反応し、視線を読み、時折微かに口元を引き上げる――それは“意志”だと、誰もが感じ取っていた。


 月日は早く、彼女が“生後六ヶ月”を迎える頃。

 魔導士を招いての魔力測定式が、アルステリア家の大広間で執り行われた。


「では、レイリア様。精霊圧力を感知する《マギア・グラス》を……」


 老魔導士がレイリアの掌に、結晶のような透明球体を乗せる。

 その瞬間――球体の中で、赤と金の光が螺旋状に燃え上がった。


「っ……!?」


 魔導士が、後ずさった。


 球体の内壁がヒビ割れ、魔力圧が空間に波紋を生じさせたのだ。

 それは、並の成人魔導士でも制御が難しい現象。


「これは……精霊圧力、限界突破……!? いや、“測定不能”……」


 場が静まり返る。


 まだ一言も話さない赤子が、王都屈指の魔導測定師を震え上がらせた。


 その夜。乳母が眠った後、ベビーベッドに横たわりながら、レイリアはそっと呟いた。


(魔力は……エネルギーとして、自然界に漂ってるのか。元素と精神波に呼応して変化する……量子変化……)


 彼女の頭の中には、魔法理論と、前世の科学知識が結びつき、独自の“式”が形を成していた。


 五芒星の魔法陣。円形の構造、刻まれたルーン。

 それらが、数式的に見える。


(これは……幾何学的な数列に沿った力場収束構造……“式”として再現できる)


 眠る前に目を閉じ、彼女はそっと思った。


(この世界の“魔法”、私なら……もっと効率的に、再構築できる)


 そして――数日後。彼女は、最初の“魔法”を発動した。


 光の粒子が舞い上がる。それは、揺らめく炎の精霊。

 生後半年の赤子が、それを自然に召喚していた。


「なんて……こと……!」


 母・クラリスは、娘の姿を前に涙をこぼした。


 この世界は、美しくも残酷な世界だ。

 魔力を持たぬ者は“不要”とされ、魔力が異常であれば“恐れられる”。


 クラリスもまた、“炎魔導家系”の出身として、王侯貴族の間で数々の争いを経験してきた。


 だが、この子は違う。

 まだ誰の色にも染まっていない。

 それでいて、自分の意志で世界と向き合おうとしている――その瞳が、そう語っていた。


「……あなたは、希望よ……レイリア」


 母はそう言って、ベビーベッドに顔を寄せ、そっと抱きしめた。


 レイリア=白鷺美咲は、抱かれながら、胸の奥で静かに思った。


(ありがとう、お母さん。……今度こそ、この手で“守る”んだ)


 やがて、夜の帳が降り、微睡みに包まれながら、天才少女は新たな運命へと目を閉じた。


───第2話・了───





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《感情を捨てた天才令嬢、異世界学園都市で魔法と科学を融合します》 @kamiya7

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