たいへん!プリキュー西村がやられちゃう!みんなの力で♡応援するプー☆

黒烟

第1話 ☆0 ♡0

 西村は公園のベンチで途方に暮れていた。


「マジか」


 暗がりで光る手元のスマホには、本日3通目の不採用メールが届いている。


「マジかー……」


 いよいよもって進退窮まる。水商売でも始めるしかないだろうか。

 無理だな、セクハラされたら殴ってしまいそうだ。しかしこのままでは光熱費どころか家賃も払えない。滞納すっか……


「こんにちはプー!」


 空腹による幻覚だろうか、翼を生やした子豚が語りかけている。


「ボクの名前は魔法の国の妖精のメププだプー」


 頬をつねるが夢ではなさそうだ。

 ならこの珍生物を売っぱらえば、楽して過ごせる金が手に入るだろうか。


「突然だけどキミには魔法少女の才能があるプー」


 乾いた笑いが出る。魔法少女だぁ?今年28歳だぞ、冗談キツい。ていうかキツい。

 やっぱりトンカツにするか、ステーキもいいな。今日の飢えを凌ぐのが最優先だ。


「魔法少女はこの魔法の端末で敵との戦いを配信するプ!」


 敵って何だ。先日届いた黄色の封筒か?

 宙に浮くUMAへ手を伸ばした。


「それで観てる人から♡で元気、☆で力を貰ってプリティパワーでやっつけるプー!」


 触れた。実態あんのかコイツ。

 ガキの頃牧場で見たブタと同じ感触で、ゴワゴワとした肌に細かな産毛がトッピングされている。翼だけリアルな鳥類の質感でなんともアンバランスだ。

 キモい。


「じゃあ早速変身するプ」

「あ?」


 UMAの言葉に首を傾げた次の瞬間、眩い光に包まれ衣服をひん剥かれる。というより消し飛んだ。


 白んだ景色の中、四肢の先端から徐々に何かが装着されていく。妙に手触りが良く、身体にしっくりくるのが逆に居心地悪い。

 黒が混じり中途半端な金色だった髪が、目が痛くなる鮮色のピンクへと塗り替えられていく。

 その髪に何かを着けられ、右手に重さを感じる棒を持たされた辺りで、光が消えた。


「今日からキミは”プリキュー西村“だプ!」

「戻せ」


 棒を投げ捨て再度UMAを右手で掴み、首と思わしき部分を捻り上げる。


「こ……このままだと……この星が危機に瀕する……プゥ……」


 危機に瀕してんのはアタシだっつーの。飢えより先に、社会から殺される。

 その前にコイツを殺せば元に戻るだろう。左手も参戦させ力を込める。

 子豚の割に意外と骨格しっかりしてんな、中々潰れない。


「あ゛っ!か……怪人が現れたプ!今すぐ向かうっプ!」


 喋る余裕があんのか、苦労しそうだ。

 一旦家に帰って包丁使ったほうが良さそうだな。このままだと人目にも付く。


「て……転送するっプ!」

「は?」


 月明かりと街灯に照らされていた公園が消え失せ、そこよりは明るい何処かの無機質な部屋へと移された。


 そして眼前には、天井に頭をぶつけながら歩く二足歩行の化け物と、その奥で蹲るひとりの女がいた。

 何だこりゃ。映画のセットか。


「じゃあ配信始めるプー」


 UMAが何か言うが耳を滑っていく。

 セットだと信じたいが、散乱した家具、家電、食器と、

 そして、血の痕。

 女と目が合う。


「たっ……助けてっ!」


 気づけば体が動いていた。

 化け物が拳を振り下ろす前に女を抱えて回避する。

 轟音と共に壁が崩れて部屋大きな風穴が開く。


「ヒューッ、カッコイイっプ!」


 震える女を胸に抱えて、大きく息を吐いた。

 なんだ、今、すげぇ速さで動けた気がする。


「おらおらーっ、視聴者はさっさと♡か☆をよこせプー!」

「黙ってろクソブタ」

「プギッ」


 横でゴチャゴチャ抜かす畜生を殴り飛ばす。

 化け物は振り下ろした拳に何も変化がないのを確認すると、ゆっくりとこちらを向いた。現在背中側には壁しか見当たらず、見える位置に逃げ場がない。

 クソっ逃げる方向をミスった。


 化け物はこちらに近づき、拳を振り上げた。

 マズいな、もう1発来る。避けられねぇ。


 女を後ろに降ろし、両手を広げて前に立ちはだかる。


 化け物が咆哮を上げながら大きな拳を突き出し、多大な質量をこちらへ押し付けて来た。


 骨と肉の塊が空を唸らせ奏でた音が一瞬途切れ、直後、凄まじい衝撃が全身を襲う。

 節々から今まで聞いたことのない乾いた破裂音が聞こえるが、足を踏ん張り耐える。


 ヤベぇ、死にそうだ。


 トビそうな意識の中、聞き流していたUMAのセリフが思い浮かぶ。


「おいお前ッ!今幸せかぁっ!?」


 喉と口内に溜まった血を吐き捨ててから女に問いかける。


「こっ……この状況で……そんな訳ないでしょ!」

「だったらアタシと心を一つにしろ!全部コイツのせいだってなぁ!」


 女の顔は見えないが、きっと困惑しているだろう。

 そりゃそうだ、アタシだって状況は飲み込めてない。


「叫べッ!お前の今の不満はなんだ!」


 だが、誰かの応援が力になるのなら、


「……か…彼氏に浮気された」

「他には!?」

「……会社でセクハラされた!」

「他にはッ!?」

「親から連絡が来る度孫孫言われてもうウザい!」

「他にはあッ!?」

「生きててもつまんない!辛い!誰か助けてよおっ!」


 誰かと心を合わせても、力になるはずだ。


「その気持ちわかるぜ…!どれもこれも全部コイツが悪ぃ!コイツを憎め!」


 理不尽とも言える怒りを、目の前の巨大な肉塊へ向ける。


「アタシの就活が上手くいかねぇのも!」

「アタシに金持ち彼氏が出来ねぇのも!」

「アタシに貯金も手持ちも無ぇのも!」

「アタシの親父が蒸発したのも!」

「全部テメェの所為だッ!」


 さっきよりも脚に力が入る。踏ん張りを強くし、押し付けられた拳を左手で押し返した。

 これで右手が自由になった。


「ふーきーとーべクソヤロオォォォーーー!!」


 握りしめた右手の拳をそのままブッぱなす。

 拳と拳が重なり、眼前にあった巨大な肉が裂け、破裂した。

 上半身の消えた化け物は自重が狂い、そのまま後ろへ倒れていった。


「っかあーっ……」


 尻からへたり込んで一息ついた。

 化け物が撒き散らす体液が、部屋の電灯よりも明るくキラキラして見える。


「スッッッキリしたぜ」


 後ろを向くと女は気絶していた。

 安否を確認しようと近づくと、目の前にUMAが割り込んでくる。


「ちょっと!敵側に飛ばされたせいで表情が撮れなかったっプ!リテイクを要求するっプ!」

「知るかよ。オラ、早く戻せ」


 化け物の体液で紫色に染まった右手でUMAを鷲掴む。

 今のパワーならコイツも擦り潰せるかもしれない。


「プぎぎぎ……わ…わかったっプ……」


 気絶した女を1人残し、凄惨な状況と化した部屋が消え、元いた公園へと戻された。

 気づけば服装も元に戻り、身体の汚れも痛みも消えている。

 夢だったのか?と思ったが腹の虫の音が現実を告げる。

 夕飯は何処へ行った、と周りを見渡すとすぐ横にいた。


「おめでとうっプ!見事敵を倒したっプね!」

「そりゃどーも。じゃあオラ、なんか寄越せ」

「え、何のことっプ?この星を守れたんだからそれでハッピーっプ!」


 は?無償で闘わせたのか?

 イカれた格好もさせといて、ざけんな。

 やっぱ締め殺して生姜焼きだな。


「プぎいっ!わ…わかったっプ……!何が欲しいっプ……?」

「金」


 即答した。それさえありゃ大体何とかなる。


「ちょっ……ちょっと待つっプ……」


 口をモゴモゴと動かしたUMAがゲロを吐くと、見慣れた硬貨が2枚落ちていた。

 前のバイト先の自販機では受け付けてもらえなかった新500円玉だ。

 千円かよ。死闘の割に安くねぇか?思いながらポッケにしまう。

 しかし朗報だ。コイツは豚の貯金箱ってワケだな。

 ケツを叩いてもっと落ちてこないか試すことにした。


「や……やめるっプ!活動したてじゃこんなモンっプ!」


 つまり金稼ぐならもっとアレやれってことか?

 正直二度と御免だが……金のアテもない。

 それに1時間働いて一千円よりかはブン殴って一千円のが心なし楽だし、

 就活の片手間にバイト感覚でやってやるか。

 UMAを締め上げたまま片手を掲げる。


「じゃあこれからよろしくな、空飛ぶ非常食」

「メ…メププっプ……」


 にしても今日の儲けは千円だ。

 パンの耳以外が食えそうだな。

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